キミキス*Kimikiss SS図書室
PS2ソフト「キミキス*Kimikiss」(©2006 ENTERBRAIN,inc.)のメインヒロイン・星乃結美をメインにした創作小説図書室です。

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伝わらない想い~Time Limit~ -20-

学園祭を控え、金曜の授業は午前中だけで打ち切られた。
私は午後の空いている時間を使って、やり残したことを全部済ませることにした。
お世話になった先生に挨拶をした。
図書委員のみんなに挨拶をした。
花壇の花たちに、図書室の本たちに、私が関わったすべてのものにお別れを言った。
慣れ親しんだ人やものと離れるのは名残惜しい。でもそれは、たとえ花でも本でも同じ―――そう言い聞かせて、涙は見せないようにした。
でも、彼と離れることだけは「名残惜しい」という言葉では片付けられない。
彼のことを考えると、後ろ髪を引かれるような…むしろ力いっぱい引っ張られるような感覚になる。それは私の心をそのまま表しているし、もしかしたら彼の心も表しているかもしれない。
(このまま輝日南に残りたい…)
叶わないこととわかりながら、そう強く願った。


―――そして、運命の日。変わることのないタイムリミットを迎えようとしていた。
「おはよう、星乃さん」
「おはよう」
挨拶をしてきた相原君は、吹っ切れたような顔をしていた。
そんな彼に少し安心した私は、これから始まる最後の日に臨んだ。
朝礼が始まり先生に呼ばれた私は、黒板の前でクラスの人たちに転校することを伝えた。
「今までありがとうございました」…挨拶を終えた途端、こらえていたものがじわりと目頭に伝わった。
「星乃さん、今までありがとう」
「あなたのこと、忘れないからね」
席に座った私を囲むクラスの人たちの目にも、涙が浮かんでいた。
「最後だし、学園祭を一緒に回ろうよ」
「私も!」
「俺も行く!」
次々とみんなからの誘いを受ける。でも、私には約束がある…。
「みんな…ありがとう…。でも私…」
私は彼のほうを向き、彼の様子を窺った。
彼は私をちらりと見ると、表情を変えずに席を立って教室の外へと出てしまった。
(あ…)
人混みの中心にいた私は、そこから抜け出すように彼を追いかけた。
「ごめんなさいっ…!」
誘ってくれたみんなに何度も心の中で謝りながら、私は廊下に出た。
真っ直ぐに伸びる教室前の廊下には、もう彼はいない。
(相原君…どこに行ったの…!)
どこにいるという宛てもないまま、私は走って彼を探した。
追いかけてくるクラスの子を振り切り、拭いても拭いても流れる涙に視界を遮られながら、華やかに彩られた廊下を駆け抜けた。
彼に…相原君に会いたい。ただそれだけで、慣れないことに足が震えても、つまづいて転んでも走り続けた。
(どこにいるの…)
彼の姿が見えなくて、途方に暮れた。でも足を止めると涙がとめどなく溢れてきそうで、足を止めようとは思わなかった。
そして、1ヶ所だけ学園祭で使われていない場所にたどり着いた。
(図書室…)
私が1年生の頃からずっと親しんできた場所。彼と知り合ったのも、ここだった…。
ドアに手をかける。すると、閉まっているはずのドアが開いていた。
ドアを開けると、そこには相原君が本を持って立っていた。
「相原君…」
「ごめん。星乃さんに薦められて読んだ本、まだ返してなかった…」
「……」
彼が教室を出た理由がわかった。
最後の日に、こんな仕事があるなんて。
「せめて、最後は星乃さんに渡したいと思って…」
「…うん。わかったわ」
私はカウンターに入り、いつものように手続きの準備をする。
2人きりの図書室。2人だけの空間が、この広い図書館で出来上がっている。
いつかの映画で見たようなシチュエーションに酔いそうになりながら、私は彼から本を受け取った。
「ごめんね、いきなり教室を出て行って」
「…ううん、いいの」
彼とこうやって2人でいられるなら、私はそれだけで満足。
2人の時間を共有できるこの時間が私にとっては貴重なもの。
こうやって輝日南高校で過ごすことは、もうないのだから…。
「もう、ここに座ることもないのね…」
座り慣れた椅子を撫でながら、見慣れたカウンターからの風景を見渡す。
もう少しここに座っていたくて、何だかセンチメンタルな気分になった。
『それではオープニングセレモニーを始めますので、生徒の皆さんは体育館に集合してください』
「…そろそろ、行かなくちゃね」
「うん…」
学園祭の始まりを知らせるアナウンスは、センチメンタルな気分を加速させた。
「相原君…」
「何?」
「もう少し、ここにいたい…」
「……」
輝日南での最初で最後のわがまま。
『相原君と一緒にいたい』―――私の心からの願いだった。
あと何時間もすれば一緒にいられなくなる…だから、せめてこの時だけは2人でいたかった。
「星乃さん…」
「行かなきゃいけないのはわかってる。でも、相原君と一緒にいたいの」
「……」
私の言葉に彼は一瞬戸惑うような表情を見せた。
私は椅子から立ち上がり、彼の手を両手で握り締めた。私の想いが伝わるように、強く、強く握り締めた。
「…私は、好きな人とここで知り合えて嬉しかった」
「……」
「1年生のときから同じクラスだったのに、話すことなんてなくて…目が合っても話しかけてくれなくて、嫌われてるのかなって…」
「……」
「だから…話しかけてくれたとき、嬉しくて…私……」
言葉が上手くつながらなくて、涙がまた浮かんでくる。
すると、彼は私をカウンター越しに抱きしめた。
(あ…)
「星乃さん」
「相原君…」
「星乃さんの気持ち、よくわかったよ。僕も、星乃さんのことが好きだ」
一度聞くことを拒みながら待ち焦がれていたこの言葉を、ようやく聞くことができた。
伝わらなかった…伝え切れなかった想いが、伝わった。
「うん…ありがとう…」
「だから、転校しても僕のことを忘れないで欲しい」
「忘れるなんて…できない…」
彼の背中に回した手にぎゅっと力を込めた。
離したくない。離れたくない。ずっとこのままでいたい…。
「私はそばにいられない…けれど、心はあなたのそばにずっといるわ」
「ありがとう」
そして彼は、私の唇にそっと彼の唇を触れさせた。
その瞬間、流した涙は色を変えて、嬉し涙になっていた。
「じゃあ、学園祭…行こうか」
「うん」
私たちは手を繋ぎ、セレモニーで誰もいない廊下を2人で歩いた。


その後、体育館に行かなかった私たちは担任の先生にひどく叱られた。
先生に叱られるなんて初めてだったけれど、彼と一緒にいられたことが私にとっては何にも換えられない大切なもの。
相原君と一緒…それが私にとって最高の幸せ。
その彼と、転校しても心で通じ合える。
「旅費貯めて、休みになったら会いに行くよ」
帰りに彼が言ってくれた言葉を胸に、私は輝日南から見知らぬ土地へと旅立った。






『叶わぬ恋なら、いっそ諦めてしまえばいい』
人はそう言うかも知れない。
でも、私はそうは思わない。
もしあの時諦めてしまっていたら、彼と知り合い、会話を交わすこともなかった。
そして、彼への想いを胸の内に秘めたまま、見知らぬ土地へと旅立っていた。
言葉で上手く伝えることはできないかもしれない。
態度ででも、上手く伝えることはできないかもしれない。
それでも、私は不器用なりに背伸びして、彼の恋人になるという幸せをつかむことができた。


伝わらない想い…それはきっといつか、想いを寄せる人に伝わる―――
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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -19-

片付けを終えて学校を出る頃には、もう外の街灯が点き始めていた。
「じゃあ、僕は星乃さんを送っていくから」
「気をつけて帰ってね」
「相原先輩、星乃先輩、さよなら!」
「お兄ちゃん、あんまり寄り道しちゃダメだよ?」
菜々ちゃん・なるちゃんと別れ、私たちは輝日南駅に向かった。
「すっかり遅くなっちゃったわね」
「そうだね」
歩きながら2人で暗くなった空を見上げる。
「肉じゃが、ほんとにおいしかったよ」
「ありがとう」
「なるみちゃんが言ってたよ。あれを学園祭に出すうどんと一緒に出したいって」
「そんな…私のなんて…」
「本当だよ。そうそう、なるみちゃんは『里なか』の一人娘なんだ」
「そうなの?」
「うん。あの子が一緒に出したいっていうくらいだから、星乃さんの腕前はすごいってことだよ」
「うん…ありがとう」
『里なか』といえば、評判のうどん専門のお店。輝日南にいたころよく家族で食べに行った。
まだ子どもだったけれど、うどんもだしもおいしかったことは覚えている。
「どうせなら、学園祭でも食べたかったなぁ…」
彼は小声で呟いた。
「うん…」
(学園祭…か…)
彼と一緒に過ごす最後のチャンス。
もう少しで、彼とは一緒にいられなくなる。
「星乃さんは、学園祭ってどうするつもり?」
唐突に彼は学園祭の話を切り出した。
「まだ、何も決めてないわ」
「じゃあ、一緒に回らない?」
「えっ…!?」
彼から学園祭の誘いをもらった。
驚いたけれど、私は1つしか答えを持っていない。
「うん、私も一緒に行きたいって思ってたから」
「そっか。よかった」
ひとつため息をつくと、彼は立ち止まった。
「どうしたの?」
「星乃さん、少しだけ…いい?」
「うん、いいけど…」
立ち止まったのは輝日南駅のもう目の前。
通勤ラッシュでスーツを着た人たちが次々と私たちとすれ違ってゆく。
「星乃さん」
「何?」
「キス…させて欲しい」
「え…でも、人がたくさん…」
「大丈夫、目立たないようにするから」
「うん…」
相原君がしたいなら…私は彼の言葉を信じるだけ。
改札を抜ける人の死角になるように、大きな柱の陰に隠れる。
光のほとんど当たらない空間で私は柱に背中ごともたれかかり、彼の顔を見上げた。
彼の手は私の肩に乗せられていて、キスまでは秒読み。
その手に力が入り、彼の顔が近づく気配を感じると、ゆっくりと瞼を閉じた。
「んっ……」
唇が重なる。彼の吐息が私の頬をくすぐった。
彼は唇を重ねたまま、離れようとしない。
目立たないところにいるはずなのに「誰かに見られている」という気持ちが唇を刺激する。
「相原君…そんなに長く…」
「ご、ごめん…」
恥ずかしさが頂点に達して、これ以上耐えることはできなかった。
でも、彼の切なそうな表情が私の心に何かを訴えかけていた。
そして彼は、キスの理由を話し始めた。
「肉じゃがを食べて…思ったんだ。星乃さんともっと一緒にいたいって」
「相原君…」
「星乃さんを困らせることはわかってる。でも、自分の気持ちに嘘はつけない」
「……」
彼の瞳から、かすかに光るものが見えた。
「相原君…涙が…」
「あ…ゴミでも入ったのかな」
目を掻きながら作り笑いを浮かべる彼の顔は、どことなく引きつっていた。
…彼の気持ちに応えきれない自分が、悔しい。
「本当にごめん…」
「ううん、悪いのは私だから…」
「どうして?」
「私が転校することを言わなかったら、相原君にこんな想いさせなくて済んだのに…」
「星乃さん…」
私のせいで…自分を責めることしかできなくて、感情はもう歯止めが利かなかった。
初めて、悔しくて涙を流した。
「星乃さん…そんなに自分を責めないで欲しい」
「でも、でも…」
「僕は、星乃さんと最後に時間まで一緒にいられたら、それでいいから」
「あ……」
彼は泣きじゃくる私を強く抱きしめた。
「こうして2人でいられたら、僕はそれでいいんだ…」
「相原君…」
人目を憚らず、もう一度…今度は私から唇を重ねた。
流し続けた涙は、いつの間にか頬を伝う前に乾いていた。
「…星乃さん」
「何?」
「…ありがとう」
「ううん…学園祭、楽しみにしてるわ」
「僕もだよ」
余韻に浸りながら、私たちはお互いの家路へと向かった。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -18-

次の日も私は時間を見つけて学校を散策した。
やっぱり、どこに行っても学園祭の準備に追われている。
時折聞こえてくる笑い声に羨ましさを感じながら、私は記憶の引き出しに次々と学校の風景を詰め込んでいった。


家庭科室を通り過ぎようとすると、中から声が聞こえた。
「………ちゃん、この新作どう思う?」
「なかなかいけると思う」
「先輩は、どうですか?」
「僕もいけると思うなぁ」
(え…この声…)
聞き覚えのある声に、耳が反応した。
気になった私は、目立たないようにドアの端から中の様子を見てみることにした。
「先輩、本当ですか?」
「うん、僕はこういうの好きだから」
「やった!」
1年生らしい女の子が2人、男の人を囲んで喜んでいる。
(何だか楽しそう…)
少し口元を緩ませていると、中にいた男の人と目が合った。
(あっ…)
やっぱり相原君だった。私に気づいた彼は2人に何かを言って、ドアに近づいてきた。
「星乃さん」
「相原君…ごめんなさい」
「気にしないでいいよ。いつからいたの?」
「さっき来たところ。何してたの?」
「いま、新作のうどんの試食をやってるとこなんだ。よかったら食べない?」
「そうなの?でも私…」
いいからいいから、と彼は私の手を取り、中へと連れて行った。
「じゃあここに座って」
「あ、うん…」
彼に促されるまま椅子に座る。目の前にはどんぶりとお箸が用意してあった。
彼はキッチンに立っている2人を振り向かせ、紹介を始めた。
「じゃあ紹介するよ。星乃結美さん。僕のクラスメートなんだ」
「はじめまして!」「はじめまして!」
2つの元気のいい声が部屋にこだまする。
「キッチンのそばにいるツインテールの子が菜々。僕の妹なんだ」
「相原菜々です。よろしくお願いします」
「で、うどんを茹でてるのが里仲なるみちゃん。菜々のクラスメートなんだ」
「里仲なるみです。うどんの感想、あとで聞かせてくださいね。あ、菜々ちゃん、それ取って!」
キッチンが少し慌ただしくなったところで、彼は私の隣に座った。
「菜々ちゃんとなるちゃん、元気いっぱいね」
「そうなんだよ。2人に会うと僕のほうが圧倒されるんだ」
苦笑いを浮かべる彼を見て口元が緩む。
「でも、どうして相原君と妹さんが?」
ちょうど茹で上がったうどんを持ってきたなるちゃんが事情を説明する。
「実はうどん研究会の子が2人とも今日はいなくって…それで菜々ちゃんと先輩に味見をお願いしてたんです」
「味見というより毒味かもしれないけどね」
「先輩、何か言いました?」
「い、いや、なんでもない」


「あ、おいしい」
だしをひと掬いしてみると、感想が自然と口から出た。
「本当ですか!?」
「うん、いりこのだしが効いててとってもおいしいわ」
「あ、わかっちゃいました?」
「すごーい!どうしてわかったんですか?」
なるちゃんは照れ笑いをして、菜々ちゃんは目を丸くして私を見つめる。
「うん、私…よく料理してるから。いりこのだしもよく使うのよ」
「そうなんですかぁ」
感心する2人の横から、相原君は私に声をかけた。
「星乃さん、料理得意って言ってたよね?」
「うん。でも、どうして?」
「何か作ってもらいたいな、なんて思ってね」
「え、でも…」
「大丈夫です。家庭部で使ってるものは使っても問題ないですから」


思わぬ展開で料理をすることになった私。
『また星乃さんのお弁当が食べたい』―――あの時の『また』が、違う形で実現した。
(どうしよう…)
何を作るか考えながら、準備室にあったオレンジのエプロンを借りて身につけた。
食材と調理器具がキッチンを囲み、出番を待っている。
相原君は私を手伝うため、流しで待っている。
(じゃあ、あれを作ろうかな)
ひと通り食材を見て、使えそうなものをまな板に乗せ、適当な大きさに切っていく。
「相原君、その鍋…取ってもらっていい?」
「わかった」
小さめの鍋をコンロに乗せ、火をつける。温まったところで鍋に油を引き、鍋全体に伸ばす。
「何作るつもり?」
「それはできてからのお楽しみ」
油の上にお肉を乗せ、炒めようとしたその時。
「熱いっ」
「大丈夫?」
油が弾けて、私の指に飛んできた。
冷やさなきゃ…と思って火を弱め、流しに向かおうとすると、彼が私の腕を取る。
「指、貸して」
彼は油の飛んだ部分を軽くキスするように口に含んだ。
(あ…)
私の指が、彼の口に…私は恥ずかしくて下を向いていた。
時々舌の先が這っているのを感じると、くすぐったくて余計に恥ずかしい。
「よし、これで大丈夫」
「あ、ありがとう…」
「気をつけてね」
「うん」
私は相原君が冷やしてくれた場所に自分の口を近づけ、もう一度念入りに冷やした。
そして頬の熱さを自分で感じながら、コンロの火を元に戻した。


コンロの前に立っている間、指に彼の舌の感覚がずっと残っていた。
思い出すとくすぐったくて恥ずかしくて、彼がすぐそばにいるのも忘れて一人で照れていた。
「はい、お待たせ」
「あ、肉じゃがですね?」
「すごーい!」
肉じゃが…私の得意料理。
それを一度、彼に食べて欲しかった。迷ったけれど、その理由で私はこのメニューを選んだ。
「いただきまーす!」
3人が同時に肉じゃがを口に運ぶ。
「おいしいですっ!」
「おいしい!」
「よかった…」
菜々ちゃんとなるちゃんには気に入ってもらえた。
彼の感想は…?気になって、相原君の方に目を向ける。
(えっ…)
彼の器の中は、ほとんどなくなっていた。
「星乃さん、やっぱりすごいよ」
「ううん、私なんか…」
「こんな肉じゃがなら、毎日食べたいくらい」
「そんな…」
繰り返し彼から褒め言葉をもらった。
『毎日食べたい』…彼からこんな風に言ってもらえて、嬉しかった。
「ごちそうさまでした」
4人で手を合わせ、一緒に後片付けをした。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -17-

その日の放課後。
離れる前に輝日南高校の風景を目に焼き付けておきたくて、私は校内を散策することにした。教室、渡り廊下、音楽室や理科室…どこを回っても、誰かが学園祭の準備をしている。
その光景を目にした私は、自然と学園祭…そして彼のことを意識していた。
(学園祭…相原君と一緒に回りたい)
「星乃さん」
「えっ?」
校庭に出ると、後ろから私を呼ぶ声がした。
「どうしてここにいるんだい?」
「あっ、柊君…」
「誰かさんが星乃さんのことを探してたよ。図書室にいないって」
誰かさん…まさか、相原君が私を探してる?
「…と言ってるうちに追いついたみたいだな」
正面から、彼は息を切らしながらこちらに向かってきた。
「柊、速いって…」
「君が遅いだけさ」
「それはないだろ」
「じゃあ、一緒に走って出たのに何故こんなに差があるんだ?」
「う…それは…」
「…クスッ」
二人のやりとりがおかしくて、つい吹き出してしまった。
「ほら、星乃さんが笑ってるじゃないか」
「そんなこと言われたって…」
「じゃあ、俺は戻るから。楽しんでこいよ、相原」
「ちょ、柊っ…!」
相原君を残し、柊君は去っていった。


「……」
「……」
二人になった途端、どこからともなく落ち着かない空気が漂い始める。
転校のことを話したせいか、彼は少し距離を置いているように見えた。
「…星乃さん」
「何?」
「どうして…ここに?」
彼の声がまるで初めて話すようにどことなくぎこちない。
「転校する前に学校の風景を目に焼き付けておきたくて、いろいろ見て回ってたの」
「そっか…」
彼は虚ろな目をしながら俯いた。
(やっぱり、転校のこと…話さなかったほうが…)
「一緒に、回ってもいい?」
「えっ?」
「少しでいいから、星乃さんと一緒にいたいんだ」
「相原君…」
『一緒にいたい』…彼の言葉に心を動かされる。
「ダメ、かな?」
「ううん、そんなことない。私も相原君と一緒にいたいから」
そして、私たちは校庭から噴水へ、噴水からテラスへと移動した。


最後に行くつもりだった屋上に着いたところで、私たちは休憩をとることにした。
「やっぱりここの景色は綺麗だなぁ…」
「ほんとね…」
二人で、沈んでゆく夕日に照らされる街を眺めていた。
ふと横を向くと、彼の横顔も夕日に照らされている。
(相原君…)
私の視線に気づいた彼が、私のほうを向いた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないの」
「そっか…」
すると彼は、週末のことを切り出した。
「この前は、あんなこと聞いてごめん」
「ううん、いいの」
本当は彼の気持ちに応えたかった。けれど、言葉では応えられなかった。
「キス」という形でしか応えられなかった。
「星乃さんが転校するって聞いて、僕はあの後ずっと考えてたんだ。どうすれば、星乃さんが喜んでくれるかって。どうすれば、星乃さんの笑顔が見られるかって」
「相原君…私は…」
「普通でいてくれたらいい、でしょ?」
「あ、うん…」
「だから、普通でいようと思ってる。それと…学校にいる間は、できるだけ一緒にいたいんだ」
「え…」
「ダメかな?」
『少しでいいから、星乃さんと一緒にいたいんだ』―――さっきの言葉の本当の意味を、初めて理解した。
転校するまで、彼とたくさん一緒にいられる。それは転校する私への餞…かもしれない。
「ううん、嬉しい…」
嬉しくて、涙が出そうだった。
(あとは、学園祭の約束を取らなきゃ…)
「あのね…」
「何?」
「えっと…ううん、やっぱりいい」
のど元まで出かかった言葉は、飲み込むことにした。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -16-

重ねていた唇が離れる。それとほぼ同時に、彼は私を抱きしめた。
「星乃さん…」
「ごめんなさい…」
あらゆる感情が涙となって目を覆い、間近にある彼の顔を見ることができない。
それでも、彼の胸の鼓動を聞いて、どこか安心している私がいる。
彼に抱きしめられて、どこか安心している私がいる。
彼の存在の大きさを知って、切なさはいっそう増していく。
止まることなくこぼれ落ちる雫は、また彼の胸元を濡らしていた。
「いつ…転校するの?」
「お母さんが、学園祭が終わるまでは、いていいって…」
「学園祭って…もうすぐじゃないか…!」
「うん…」
「じゃあ、この前のはまさか…」
「…うん」
―――叶わぬこととわかっていながら、私は彼を追い求めた。
一人で現実に立ち向かおうとして、何度も打ちのめされて、一人ではどうしようもなくなって…。
誰かに頼りたかった。
誰かに、私を支えて欲しかった。
そしてあの時…初めて誰かを頼った。
その「誰か」が、他でもない相原君…その人だった。


…相原君と一緒にいたい。


…相原君と離れたくない。


彼の腕に抱かれながら、心の中で何度も何度も繰り返した。
「星乃さん」
「何?」
「僕は、どうしたらいい?」
「…私は、普通でいて欲しいの。いつもの相原君を見たいから」
「わかった」
そろそろ行かないとね、と彼に言われ、気の進まない足を引きずりながら駅へと向かった。
みんなには転校のことは内緒にして欲しい…帰り際、私は彼にそう伝えて電車に乗り込んだ。


彼に転校のことは伝えた。けれど、まだ大事なことを伝えなければいけない。
言葉では、まだ私の想いを伝えていない…。
(彼と離ればなれになる…)
(私、このまま何も伝えられないのかな…)
「どうかされましたか?」
花壇に座って花を世話しながらぼんやり眺めていると、後ろから澄んだ水のような声が聞こえてきた。
「…え?」
「何か、随分深刻な顔をなさっていましたので…」
顔を上げたその先には、心配そうな顔で私を見つめるショートボブの女の人がいた。
「あ、あなたは…祇条…さん」
祇条深月さん。輝日南では有名な由緒正しい家系に生まれたお嬢様、と聞いた。
祇条さんが花壇に来ることは前から知っていたけれど、こんなときに会うことになるなんて…。
「どこか、体の具合でもお悪いのですか?」
「いえ…そういうわけじゃないんです…」
「では、何かお悩み事ですか?」
「え、ええ…でも、本当になんでもないんです」
やっぱり…というような顔で祇条さんは私の顔を見つめた。
「でも、どうしてそんなこと…?」
「このお花たちを見ていると、そう感じるんです。以前は優しい感じだったのに、最近は少ししょんぼりしているようで…」
祇条さんに、私の心を見抜かれていた。
お花には、その花のお世話をしている人の感情や性格が表われるんですよ―――祇条さんは優しく私に語りかけた。
「私でよければ、話していただけませんか?」


「恋わずらい…ですね」
私の話を一通り聞き終えた祇条さんは、一言ポツリと呟いた。
「祇条さんは、こんなふうに悩んだこと…?」
「あいにく私にはお父様が決められた結婚相手がいますので、その方以外には考えられません」
「ご、ごめんなさい…」
「あ、あなたが気になさることじゃありません。でも、あなたのように悩んでみたいものですね」
祇条さんは微笑みながら私を見つめた。
「ところで学園祭には、一緒に行かれないのですか?」
学園祭…まだ、その日の予定は決まっていない。
彼から誘われているわけでもない。
「学園祭なら、あなたとお相手の方と二人きりになれることもあると思いますよ」
「二人きり…」
「一日、二人でお話されたらいかがですか?そういう機会はそんなにありませんしね」
祇条さんの言うとおりだった。
学校で二人きりになれる時間は限られている。まして、来週で離ればなれになるのだから…。
「ありがとう、祇条さん」
お礼を言うとすぐ、1時間目の予鈴が鳴った。
「そろそろ時間ですね」
「あ、ごめんなさい…話が長くなっちゃって…」
「気になさらないでください。こうやってお話しするのも楽しいですから」
それでは失礼します…会釈を交わして、祇条さんは校舎へと消えていった。

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伝わらない想い~Time Limit~ -15-

相原君は指を震わせながら、紐を結んでいった。
誰かに見られるかもしれないというドキドキと、相原君に見られているドキドキが私の体温を上昇させた。
「これでよし、っと」
彼が手を離してすぐに完成した結び目に手を回し、水着がずれないことを確かめる。
「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして」
照れくさそうに苦笑いを浮かべる彼を見て、お互い恥ずかしかったことも確認した。
「でも、残念だったなぁ」
「えっ?」
「あ、いや…なんでもないんだ」
「クスッ…変な相原君」


プールから上がった私たちは、そばにある公園でお昼をとることにした。
「今日はお弁当を作ってきたんだけど…」
「お弁当?やった!」
喜ぶ彼に、私は包みをほどいて弁当を出し、彼に渡した。
鼻歌を歌うようにして、彼は弁当箱のふたを開け、中身を見る。
「いただきまーす」
ひと口目をお箸でつまみ、口に持っていく。
彼の嫌いなものは入っていない。けれど、彼の口に合うかはわからない。
一口食べた彼の感想が気になって、両手に力が入る。
「星乃さん、やっぱり料理上手いんだね」
「えっ?」
「星乃さんの作った弁当、すごくおいしい」
「本当?よかった…」
彼は弁当のおかずを次々と口に運ぶ。その表情がすごく嬉しそうで、私は満足した。
そして、私がゆっくり食べている間に彼は早々と弁当箱を空っぽにした。
「また星乃さんの弁当が食べられるといいな」
満足そうな彼の顔が眩しい。
「あ…うん」
『また』という彼の言葉に、私は反応した。
今日は、彼に話さないといけないことがある。話をすれば、『また』が実現するかもしれない。
私も箸を進めながら、この後のことに心を向けていた。
「ごちそうさまでした」
二人で手を合わせ、彼の手元にあった弁当箱を受け取る。
「休憩したら、どこか行かない?」
「そうね」
いよいよ、このときが来る…。
「また、あそこでもいい?」
「いいよ」


私が誘って向かった先…それはあの日と同じ、丘の上公園の高台。
今日は天気がよくて、夕焼け色に染まった輝日南の街がよく見える。
「ここから見える景色って、癒されるんだね」
初めて気づいたような口調で彼は言った。
「うん。だから、私はここが好きなの」
あの時は雨が降っていたから、この景色は見ることができなかった。
だから今日、彼に私の好きな景色を見てもらえたのが嬉しかった。
その景色を眺めながら、相原君は私に話しかける。
「星乃さん…」
「何?」
「この前、話があるって言ったよね?」
「うん」
「その話をしたい」
彼は手すりに当てていた肘をそこから放し、前かがみになっていた背中を伸ばす。
さっきまでとは正反対の真剣な顔つきを見て、私は少し身構えた。
「星乃さん、僕は星乃さんの気持ちを知りたい」
「えっ?」
「星乃さんは僕のこと、どう思ってる?」
私の顔を見つめ、彼は核心を突いてきた。
「……」
私は相原君のことが好き。だけど…。
「ごめん。僕から先に言うよ。僕は星乃さんのことが―――」
「待って…!」
とっさに私は声のトーンを上げ、彼の言葉を遮った。
「…どうして?」
驚いた様子の彼。
「それ以上…言わないで…」
私には、彼が言おうとしたことがわかってしまった。
わかってしまったから、胸が苦しかった。


決めたはずなのに、彼に「好き」って言うって決めていたのに…。
私は彼を、彼の言葉を受け入れることができなかった。
そして、摩央さんや川田先生のことを裏切ったようで、苦しかった。
「相原君…聞いてくれる?」
「…うん」
胸の苦しさを無理やり抑えつけ、私は話を始めた。
「私、転校するの」
「え…!?」
「ごめんなさい…今までずっと言おうって思ってたんだけど、どうしても…言い出せなくて…」
「い…いや…いいんだ、気にしないで」
相原君は動揺したように視線をそらす。
「だから、このままでいたいの…」
「じゃあ、僕のことなんか何とも…」
「ううん!そんなことない!そんな、こと…ないの…でも…」
(でも…)
涙があふれて、目の前の世界がにじむ。
言葉にしたくてもできない想いが、体の中を駆け巡る。
うまく口にすることができなくて、もどかしくて、苦しくて…。
「ごめんなさい…」
「いや、いいんだ。僕が急ぎすぎただけなんだよ。星乃さんは悪くない」
「ううん、悪いのは私…」
「星乃さん…」
彼は肩を落とし、途方に暮れたように表情を曇らせた。
『私は相原君のことが好き』―――それだけを言えたらいいのに、言うことができない。
まだ、彼に私の気持ちは伝わっていない…もどかしさだけが募って前に進まない状況が、私をさらに苦しめた。
「相原君、キスして…」
「……」
「言葉では言えないけど、気持ちなら伝えられるから」
「星乃さん…本当に、いいの?」
「…うん」
せめて、彼に少しでも私の気持ちが伝わってくれたら…私にとって精一杯の背伸びだった。
ゆっくりと目を瞑る。そこに彼が私に近寄り、私の肩を抱く。
やがて唇に、柔らかい感触が…訪れた。
(相原君…)
胸がいっぱいになって、涙は止まらず、体も震えて止まらない。
好きな人とキスをしたというのに、切ない思いばかりが体を包んだ。


私にとってのファーストキス。それはあまりに切なくて、苦いものだった。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -14-

『言葉で伝えるのは勇気がいることだけど、頑張って』
川田先生と話した後、私はふと摩央さんの言葉を思い出した。
時間がない…ただそれだけしか考えていなかった私は、彼との距離を埋めることだけを考えてきた。でも、たとえ距離を近づけたとしても、彼に気持ちを伝えなければ何もかもが水の泡…。
こんなことにさえ気づかなかった自分が、恥ずかしかった。
そんな私に、先生は摩央さんの言葉の真意を教えてくれたような気がした。
そしてまた、先生の言葉は私の中でくすぶっていたものを露にした。
私にとっての幸せ…それは、好きな人と一緒にいること―――忘れていた原点を、先生は思い出させてくれた。
時間がないというのはただの言い訳。時間があるかないかは私次第。
迷っていても、時間が過ぎるだけで何の解決にもならない…迷い続けて、ようやく決心をつけた。


そして、相原君との約束の日―――。
早起きしてお弁当を用意する。彼の好き嫌いを聞いているから、できるだけ嫌いなものは省いておいた。
(これで完成ね!)
彼の喜ぶ顔を、私は見たかった。
キッチンを片付け、背伸びして買った白地の水着と2人分のお弁当を鞄の中にしまう。
お気に入りの紺のノースリーブとスカートに身を包み、めったに履かないかわいいサンダルを足元に。
2度とないかもしれないデート…少しくらい、背伸びもしたかった。
「行ってきまーす」
服と鞄のチェックを終えると、彼との待ち合わせに向かった。
行きの電車に乗ると、カップルらしい2人組が停車駅で次々と電車に乗り込んでくる。手を繋いだり、腕組みをしたりして、座席に座っている私の目の前を仲良さそうに通り過ぎてゆく。
(いいなぁ…)
その光景を眺めていると、川田先生の声が耳元で再生された。
『男の子とは積極的にスキンシップを取ること。それが第一の関門ね』
スキンシップなんてしたことないし、恥ずかしくて無理だと思っていた。
(こんなふうにしたらいいのね…)
カップルの姿を見て、少しだけ勇気が沸いてきた。
輝日南駅に着くと、もう待ち合わせの10分前。少し経って、相原君は自転車で迎えに来てくれた。
「ごめん、待った?」
「ううん、私も今来たところだから」
「よかった。じゃあ、行こうか」
「ええ」
駅を出ると、自転車を押す彼の左腕を取り、さっきのカップルの真似をして腕を組んでみた。
「ほ、星乃さん?」
「な、何?」
「どうしたの?腕なんか組んで」
「え…うん、ちょっと」
私の行動にびっくりしたように、彼の声は上ずっていた。
私も恥ずかしくて、上手く舌が回らない。彼の顔を真っ直ぐに見ることもできなかった。
「…何だか、カップルみたいだね」
「そんな…恥ずかしい…」
勇気を出したとはいっても、自分の頬の温度が上がりっぱなしなのが触らなくてもわかった。
そのかわり、プールに着くまでのちょっとの間だけ、彼と恋人気分を味わうことができた。


「じゃあ、プールサイドで待ってるから」
「わかったわ」
更衣室前で彼と別れ、私はロッカーに向かった。
初めて着る水着だから、似合っているか不安。
店員さんには「似合ってますよ」なんて言われたけれど、彼の前だと緊張して気持ちが悪い方向に行ってしまう。
(大丈夫かな…)
不安に駆られながら、更衣室の出口からプールサイドに抜ける。出た先には、彼が先に着替えて待っていた。
「相原君…この水着、どう?」
考えていたことがそのまま口に出る。
「うん、よく似合ってる」
「本当に?」
彼の言葉を確かめるように、私はもう一度訊いてみた。
「うん、本当だよ」
「よかった…」
彼の言葉を聞いて、私は胸をなでおろした。
「じゃあ、泳ごうか」
「うん」
彼は流れるプールや波のプールのある場所に誘った。
泳げない私のために、彼は泳がなくても大丈夫なところを選んでくれた。
「ここ、行ってみよう」
彼が誘ったのは、このプールでは有名なウォータースライダー。
「あれ、乗ろうよ」
「えっ…大丈夫?」
「大丈夫、僕が支えてるから」
「うん、わかった」
私は前に、彼は私を支えるように後ろについた。
「じゃあ、行くよ!」
彼の掛け声と同時に私たちは流れる水の中へ。
流れの速さに比例して、私たちの体もスピードに乗っていく。
水しぶきを飛ばす何ともいえない爽快感が体を包む。思わず彼と密着しているのも忘れるくらい、気持ちがよかった。
ふもとのプールが近くなると、傾斜が緩くなってスピードも緩やかになる。
「ちゃんとつかんでてね」
「わかった」
それでもスピードに乗った私たちは、突っ込み加減でプールへと一直線に向かっていった。


ザッパーン!!


大きくしぶきを上げて、私たちはプールの中に沈んでいった。
「気持ちよかったー」
「うん、すごかったわね」
プールサイドに向かいながら彼と感想を言い合う。
でも、なんだか胸の辺りが少しおかしい…。
(えっ…)
プールから上がろうとして、私は異変に気がついた。
後ろに手を回すと、水着の後ろの紐がほどけていた。
「きゃあっ!」
ほどけ切ってしまわないように、急いで手で前を押さえる。
悲鳴を聞いた人が私をチラリと見るのがわかった。
「星乃さん、大丈夫?」
先に上がった相原君が心配そうに私を見る。
「水着の紐が、ほどけちゃったみたい…」
「えっ…」
「だから、更衣室へ…」
ここでほどけてしまったら、彼に見られてしまう。しかも彼だけじゃなく、他の人にも…。
早く更衣室で結びなおしたかった。そんな私に、彼はこう言った。
「ここで結んだほうがいいよ」
「でも…恥ずかしい…」
彼の意図が、いまいちつかめない。
「更衣室までは距離があるから、ここで結んだほうが恥ずかしくないと思うんだ」
「う、うん…わかった…」
手が塞がっている私を見て、彼は「結んであげるよ」と言ってくれた。
…でも、彼はなかなか紐に手をかけない。振り向くと、彼の頬が見てわかるほど赤くなっていた。
「恥ずかしいから早く…」
プールサイドに前のめりの格好の私は、この状態から早く逃げ出したかった。
やっと手を動かした彼は、垂れていた紐を元のように結びなおしてくれた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -13-

家に帰ると、机の上に無地の封筒が置いてあった。
「結美へ」とメモ書きが添えられたその封筒は、固く封が閉じられてある。
きっと…大事な書類。
私にとって大事な書類となれば、あるのはただ一つ。
(はぁ…)
一人で溜め息をついていると、1階で電話が鳴った。
(この時間に誰だろう…)
「もしもし、星乃です」
「星乃さんのお宅ですか?私、輝日南高校2-Aの…」
「あ、先生。星乃です」
担任の先生からの電話だった。
「早速、例の件だけど…」
「はい…はい…わかりました」
先生は、明日の朝一で職員室に来るように私に言った。
『書類を忘れずに持ってきて欲しい』
受話器を置いた私は、先生の一言で自分が転校することを改めて実感した。
いよいよ先生に言わなきゃいけない日も…来てしまった。


私の思いとは裏腹に、着々と転校への道筋は整えられていた。


翌日、私は先生に書類を渡すためにいつもより早く家を出た。
朝日の眩しい通学路を抜け、誰もいない教室に鞄を置いて職員室に向かう。
先生に言われるまま応接用のソファに腰を下ろし、先生に書類を渡す。
「来週までか…寂しくなるな」
「すみません…」
「君が謝ることじゃないよ。家庭の事情ってものがあるんだから」
封筒を開けながら、先生は落ち着いた口調で私と話していた。
「そういえば、君の友達にはこのことは言ったのか?」
「いや…まだ、です」
「そうか。こういうのは早く言っておいたほうがいいぞ。後で何かと大変だからな」
「はい…」
話しながら書類を一通り確認した先生は、スーツのポケットに封筒をしまいこんだ。
別れ際、「まじめな君なら転校した先でも大丈夫だよ」と先生は励ましてくれた。
先生に一礼して教室に戻ろうとすると、前から川田先生が近づいてくるのに気づいた。
「あら、星乃さん」
「川田先生…」
「表情が暗いわよ。どうかしたの?」
川田先生は私を心配そうに見つめた。
「何かあるのなら私に言って。力になれるかもしれないから」
「はい…」
川田先生の相談は、クラスでも評判だった。何か相談事があると、先生のもとに駆け込む女の子も少なくない。
もしかしたら私も、先生に助けてもらえるかもしれない―――私は先生にすべてを打ち明けた。
「先生…先生は、友達に大事なことを話すときってどうやって話しますか?」
「そうね…私なら、友達だけで集まれる場所に集まって、そこで話すかな」
「そうですか…」
「でも、どうして?」
「実は私…来週で転校することになって…」
「えっ…」
先生は目を丸くして、私を見つめた。
「す、すみません…びっくりさせちゃって…」
「い、いいのよ別に。そっか、転校するのか…」
平静を装おうとする川田先生を見て、私は胸が痛んだ。
「すみません…」
「そんなに謝らなくてもいいわよ。でも、人によっては私みたいな反応をするってことも頭に入れておいてね」
「はい…」
「私はずっと転校される側だったけれど、やっぱり仲のいい子と離れてしまうのは淋しかったわ。特に転校する子が自分の好きな人だったりすると、余計にね」
「そう、ですか…」
(やっぱり…)
その顔はもしかして…という感じで先生の鋭い眼差しが私に向けられる。
「そっか、好きな人に話さないといけないんだ…」
「え…」
顔に書いてあるわよ、と先生は微笑みながら言った。
「もうその人に想いは伝えたの?」
「いえ、まだです…」
そう、と状況を飲み込んだ様子の先生は、私の耳に顔を近づけた。
(………)
(…ええっ!)
川田先生のアドバイスは、「そんなの無理…」とその場で言いそうになるくらい、私の性格では難しすぎるものだった。
「想いを伝えるのは大変な作業よ。離ればなれになるならなおさら。でも、そこを乗り越えたら、幸せが待っているんだから」
耳打ちを終えた先生は私に釘を刺すように言うと、厳しい表情を和らげ、笑顔を見せて去っていった。

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伝わらない想い~Time Limit~ -12-

私は彼の胸の中で、ずっと泣いていた。
彼の優しさを、彼の温もりを感じていた。
とめどなく溢れる涙が私の頬を伝い、彼のシャツに浸みていくのがわかる。
それを拭こうともせず、彼は私をずっと抱きしめてくれた。
「…ごめんなさい、突然こんなこと…」
彼の腕に抱かれ、ほんの少しだけ落ち着いた私は、流れ落ちる雫を手で拭いて彼と向き合った。
「星乃さん…」
何を言えばいいかわからない…彼はそんな顔をしていた。
「本当にごめんなさい…」
「いいよ。気にしなくても」
そして彼は私の肩を抱き、目を大きく開いて言った。
「週末、2人で遊びに行こう」
「…えっ」
「星乃さんに、話したいことがあるんだ」
「そう…なの?」
私に、話したいこと…?話すことがあるのは私のほうなのに…。
「予定、開いてる?」
「うん、週末なら大丈夫」
「よかった。どこか行きたい所ってある?」
行きたいところ…彼と一緒の時間を過ごせるなら、私はどこでもいい。
「私はどこでもいいわ。ここに一緒に来てくれたし」
「そっか。じゃあ、遊園地に行かない?」
遊園地ならアトラクションはいっぱいあるし、プールもあるし…。
彼は嬉しそうな顔で、私に話しかける。
「遊園地…」
私の呟きを聞いた彼が、少し不安そうな顔をする。
「ダメ、かな?」
「ううん、そういうわけじゃなくて…」
遊園地に行くのは久しぶりだし、楽しそう。でも、プールに行くなら水着がないし、私は泳ぐのが苦手…。
「相原君、プール…行くつもりなの?」
「うん、とりあえずそのつもり」
「そうなんだ…」
「ひょっとして、そのことを心配してた?」
「う、うん…私、泳ぐの苦手だし、水着買ってないし…」
「そっか…でも、もうプールも終わりだし、行きたいんだ」
行きたい―――彼がそう言うなら、私は何も言わない。
「うん、わかったわ」
「やった!」
じゃあ、日曜日の10時に輝日南駅の改札で…彼から待ち合わせの時間を指定してくれた。
「週末、楽しみにしてるから」
「私も楽しみにしてるわ」


私たちが駅に戻る頃には雨はすっかり上がっていて、夕焼けが綺麗に空に映えていた。
「じゃあ、ここで」
「また明日ね」
「うん。じゃあ、気をつけて」
「相原君もね」
改札で彼と別れ、すぐに来た電車に乗り込んだ。
(相原君とデート…)
最初で最後になるかもしれない、彼とのデート。
もしあのことを話すなら、この日しかない。この日を逃したら、彼に何も言えないまま私は輝日南を去ることになる気がする。
それだけは絶対にしたくない…。
でも、彼が私に話したいこと…一体なんだろう。
―――吊り革につかまりながら、彼の言葉に思いを巡らせた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -11-

雨は放課後まで止むことはなかった。
私はみんなが帰った教室で一人、雨が止むのを待ちながら箒を持っていた。
今日も彼から一緒に帰る約束を持ちかけてくれた。私はもちろんOKの返事をした。
…でも、私の胸の内は複雑だった。
あのことを、話さないといけない。そう考えただけで気が重くなる。
ひと月前には光さえ見えなかった私に一筋の光が射し、その光はもう私のすぐ目の前に来ているというのに…。悲しいけれど、私にはその光を一瞬で遠ざけるものを持っている。
―――転校。
彼にこの事実を伝えること…それは遅かれ早かれ、いずれはやってくる試練。
逃れたい。けれど、逃れることはできないその試練と向き合うことになったとき、彼と話すようになってからの1ヶ月が急に色を失い始めた。


彼と帰るときは、いつも校門の前で待ち合わせをすることになっている。
いつもならドキドキしながら待っているけれど、その感情はどこにもなかった。
(彼に、言わなきゃ…)
傘の中で俯きながら、彼が校舎から出てくるのを待つ。
5分、10分、20分…約束の時間を30分過ぎても、彼は現れなかった。
(どうしたんだろう…)
気になった私は下足ロッカーに戻ろうとした。
すると手前の校舎を過ぎたあたりで、私の目の前に鞄で頭を覆いながら男の子が走り寄ってくる。
「星乃さん、ごめん!待った?」
相原君だった。覆いきれていない肩が雨に濡れている。
私は彼を傘の中に入れ、彼がこれ以上雨に濡れないようにした。
「大丈夫?服が濡れてるけど…」
私はポケットに入れていたハンカチを渡した。彼はそのハンカチを取って濡れたところを拭いていく。
「これで大丈夫。心配してくれてありがとう」
「あ…うん」
ハンカチを畳みなおして、彼は私にハンカチを返す。
「相原君、傘、忘れたの?」
「うん。家を出るときに雨が止んでたから、てっきり降らないだろうと思って傘を持ってきてなくて…」
でも、星乃さんと相合傘ができてよかった…彼は嬉しそうに私の手から傘の手元を取り、傘を差し直した。
(相合傘…)
同じ傘に好きな人と一緒に入る。私にとっては夢のようなシチュエーションだった。
だから、本当なら相原君みたいに喜びたい。
それが今の私には、どうしてもできない…。表に出せないもどかしくて辛い思いが、私の体を駆け抜けていく。
「星乃さん、どうかした?」
「えっ…ううん、なんでもない」
彼に不意を突かれ、慌ててごまかすように返事をした。
「何か考え事をしてたみたいだけど」
「ううん、本当になんでもないの」
できるだけ彼の前では明るく振舞おう…そう決めた。


「相原君」
「何?」
「ちょっと、寄りたい所があるんだけど…」
「どこ?」
「ついてきたらわかるわ」
彼をがっかりさせないように、私はわざと行き先を隠した。
私が行きたかったのは、学校から山の手に10分ほど登ったところにある公園。
「丘の上公園」と呼ばれるこの公園は、私にとっては思い出の詰まった場所。そして、外では一番落ち着く場所でもある。
晴れている日は、高台にある分だけ景色が遠くまで見える。けれど、あいにくの天気でそれは望めそうにない。
それでも公園に着いたときには、雨はずいぶん小降りになっていた。
「ここ、か」
トーンの低い声で彼はつぶやいた。
「がっかりした?」
「いや、久しぶりだなーと思って」
摩央姉ちゃんや妹とよくここで遊んだんだ、と彼は公園の思い出を私に話してくれた。
「でも、どうしてここに?」
彼の不思議そうな表情を見て、私はここに来た理由を答える。
「私ね、昔はこの街に住んでたの」
「そうなんだ」
「でも小2の時、お父さんの仕事の都合で引っ越して…」
私はこの街が好きだったから、我儘を言って引っ越してもこの街の学校に通わせてもらっていた。
電車通学で輝日南高校に行っているのも、そういう理由だから。
―――私は輝日南の思い出を一つ一つ記憶の引き出しから出すように、彼に話をした。
「引っ越してからも私は時々ここに来て、元気のないときはここの景色を見て励まされたり、いいことがあったときはここで喜んだりしてた」
「星乃さんにとってここは思い出の場所、ってわけだ」
「うん…」
…その思い出の場所からも、もうすぐ離れてしまう。
何もかもを置いて、見知らぬ土地へ行かなければならない…。
「星乃さん」
「えっ?」
また不意を突かれて、気の抜けた返事をしてしまう。
「どうしたの?さっきから何だか変だよ」
「え…そう?」
「何か、あったの?」
「ううん、何でもないの…」
本当は、言わなきゃいけないことがある。
転校する…そう言ってしまったら、彼は何て言うだろう。
せっかく仲良くなったのに、離れなければならない…しかも、話しかけてくれたときにはもう転校が決まっていたなんて言ったら…。
彼の反応が怖くて、口にできなかった。
「何でもないって言われても、僕は力になれない…」
「うん…でも本当になんでもないの」
「わかった。もし言いたいことがあるなら、言って欲しい」
「うん…」
彼の言葉が、私を追い詰める。
そして、私の心を切り刻むように湧き上がる不安と恐怖、罪悪感…。
「…やっぱり、言えない…」
「どうして…?」
「どうしても…」
「…」
「…」
彼に話さなきゃいけない。けれど、話すのが怖すぎる…。
事実と向かい合おうとしていた私の心は、もう限界だった。
「相原君…!」
私は彼の胸にすがりつき、こらえていた感情を爆発させた。
「星乃…さん…」
「少しだけ…このままでいさせて…」
私は泣きながら、彼のカッターをぎゅっと握り締めた。
「私、私…」
何か話そうとしても、感情が先走って言葉にならない。


彼は突然泣き出した私を見て驚いていたけれど、やがて泣いている私を静かに抱き締めてくれた。
「星乃さん、一人で抱え込まないで」
「うん…でも、でも…」
彼の言葉が、また私の心を締めつけた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -10-

(何を考えてるんだろう…私)
ほっぺたに手を当てて、自分の顔色を確認する。
どういう顔をしているかがわかると、そのまま手で顔を覆いたくなった。
「摩央姉ちゃんが話があるんだって」
「…うん」
いつもより熱い頬を隠そうとしながら、水澤さんに視線を向けた。
「えっと、星乃さん…だっけ」
「あ、はい」
「ちょっとだけ時間が欲しいんだけど」
女だけの話があるから、と相原君をカウンターに残し、水澤さんは私を誰もいない図書室の奥に連れて行った。
「な、何でしょう…水澤さん?」
「摩央でいいわよ。名字だと堅苦しいじゃない」
「は、はい…」
肩に力が入りすぎ、と水澤…摩央さんは私の左右の肩を両手でポンポンと叩く。
そして、おもむろに摩央さんは話を始めた。
「さっきはごめんね」
「えっ?」
あなたは本当は彼女じゃなくてただの友達…それを知っていて、わざと話を大きくした。
光一と久しぶりにしゃべったから、懐かしくてつい光一をからかってみたくなった―――水澤さんは申し訳なさそうに本当のことを話してくれた。
「とばっちりを食らわせちゃって本当にごめん」
「い、いえ…そんなこと…」
同じ学校なのに話すことのなかった幼馴染が再会したのだから、私は何も不満はない。
それに、彼―――相原君の新しい一面を見ることもできた。だから、私は謝られるなんて思っていなかった。
「私は大丈夫ですから…気にしないでください」
すると摩央さんは一言「ありがとう」と言って、少しだけ表情を柔らかくした。
「そういう謙虚なとこが好きだって言ってたわよ、光一。私の前で素直なのは相変わらずなんだから」
拗ねるように話す摩央さんが、少し羨ましかった。
ひょっとしたら、摩央さんも相原君のことが…何となくだけれど、そう感じた。
「しかも光一って、こういうのには鈍くて奥手みたい。だから、じっくり時間をかけるのよ」
きっとあいつは言葉で言わないとわからない。言葉で伝えるのは勇気がいることだけど、頑張って―――そう私にアドバイスをくれた摩央さんは、私から話す事はこれだけだから、と言って図書室から去っていった。
残された私は、その場でさっきの言葉を少しずつ噛み締めた。
時間をかける…。時間…。時間…。
(もう、時間がない…!)


彼との楽しい時間は、もう少しで終わってしまう。
一緒の空間にいられるのも、あとわずかな時間しかない。
―――うつつを抜かす時間は、私にはもう存在しない。
変わることのない現実をはっきりと思い出した私は、周りに誰もいないその場に立ち尽くした。
「星乃さん」
彼の呼ぶ声が聞こえたけれど、私は彼のもとに足を運ぶことができなかった。






止んでいた雨は、時を狙っていたかのように地面を濡らし始めた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -9-

「光一…!?」
女の人の呼ぶ声に、相原君は渋い表情を見せた。
(いま、光一って…)
女の人の言葉に動揺する私。どうして彼の下の名前を…?
指を差したお互いが目を合わせた状態。でも、そこに言葉のやりとりはない。
そして一人だけ蚊帳の外の私には、置かれている状況がよくわかってなかった。
「光一?光一なのね!」
女の人は確認するように繰り返した。
すると彼はベッドに寝かせていた体を起こし、布団を剥いだ。
「星乃さん、ちょっと!」
少し間をおいて、彼は私の腕を握ってドアに向かって走り出した。
さっきまで寝ていたとは思えないほど素早い動きに、私は心も体もついていけない。
「ま、待ちなさいよ!…あいたっ」
私たちを追いかけようとした女の人は頭を抱え、ベッドの上でうずくまった。
(あ…大丈夫かな…?)
その姿を見て後ろめたさを覚える。けれど、彼の引っ張る力にはかなわなかった。
そのままドアを開け、廊下に飛び出した私たち。
彼は息切れを起こして、膝に手をついていた。私も息が上がっていた。
「相原君…大丈夫?」
「大丈夫…急に走っただけだから」
中腰を続けながら、彼は声も絶え絶えに私に顔を向けて口を動かす。
「どうしたの?突然走り出して…」
「いや、大したことじゃないんだ」
「え、でも…」
(あの人が「光一」って呼んでたこと…)
(気になる…けれど、聞いても…いいのかな…?)
「でも、何?」
「あ、ううん、なんでもないの」
遠慮しかけた私の心は、聞きたいことを喉の奥に飲み込ませた。


でも、彼に聞くはずだったことは後ではっきりと答えが出た。


昼休みのカウンター当番に当たっていた私は、いつものようにカウンターに座っていた。
すると、三つ編みをした上級生らしき女の人がカウンターに現れた。
「ねえ、昨日発売になったファッション雑誌、ない?」
「え?雑誌コーナーになかったですか?」
「それがないのよー。だからこうやってカウンターまで…ああっ!!」
(へっ?)
女の人は私を指差し、大きな声を上げた。
突然の大声に、図書室にいる人たちの視線がカウンターに集まる。
目の前で大声を出された私は、びっくり…するしかなかった。
「あの…図書室ではお静かにお願いします…」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!」
「でも、ここは図書し…」
「そんなことはわかってんの!問題はそこじゃなくって」
(えっ…?)
声のトーンを落としているけれど、口調は明らかに荒かった。
「あ、星乃さーん」
タイミング悪く、お昼を済ませた相原君がカウンターを目指して歩いてくる。
その声に反応した女の人が、彼のほうを向いた。
「こーうーいーちーくーん」
急に声を変え、後ろ手を組みながら図書室に入ったばかりの彼の方へ一歩ずつ歩み寄る。
(「こういち」…ま、まさか…!)
「う…!」
後ずさりをする彼。
「今度は逃がさないわよ!待ちなさいっ!!」
「うわっ!」
2人は猛スピードで廊下に飛び出し、大きな足音を立てて消えていった。
ほんの数秒間の出来事に呆気に取られた私は、2人が出て行った後のドアをただ見つめていた。
そして、三つ編みのあの人が保健室の隣のベッドにいたあの女の人だとわかった。


しばらくして、2人は図書室に戻ってきた。
彼は女の人に襟を掴まれるように首をすくめ、女の人は勝ち誇ったように鼻歌を歌いながら私に近づいてきた。
よく見ると、彼の表情がげっそりとしているように見える。
「はい、コイツを返しに来たわよ」
「えっ?あ…はい」
(返す…?どういう意味だろう…)
条件反射で返事はしたものの、女の人の言葉に違和感を感じた。
「しっかり絞っておいたから」
「摩央姉ちゃん、その言い方はないだろ」
「あの時逃げ出したあんたが悪いんじゃない。今更何言ってんのよ」
(摩央…姉ちゃん…?)
2人の激しいやり取りはまだ続いていた。
でも、私は相変わらず置いてけぼり状態で、2人の関係がいまいち頭の中で整理できない。
「あの、すみません…」
「ここは図書室…って言いたいんでしょ?図書委員さん」
「あ、はい…いや、そうじゃなくて…」
言いかけて、慌てて言葉を直した。
「何?私にまだ言い足りないことがあるって言うの?」
「い、いや…」
女の人の放つ威圧感に圧倒されて、つい言いたいことを飲み込んでしまう。
それは私の顔に表れていたようで、女の人にすぐに気づかれた。
「んもう、じれったいわねー。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
「は、はい…」
「素直でよろしい。じゃあ聞こうじゃない」
さっきまでの剣幕とはうって変わって、女の人は腕組みをしながらうっすらと笑みを浮かべている。
「あの、あなたは一体…?」
「私?3年の水澤摩央。光一とは幼馴染なのよ」
「そ、そうなんですか…」
「それがどうかした?」
「あの…何だか、2人は仲がいいな…と思ってたので」
「そりゃね。家だって目と鼻の先だし」
(幼馴染…そういうことだったんだ…)
謎は一気に解けた。
「まあ、昔はよく遊んだり『摩央姉ちゃんと結婚するー』って言ったり言われたりな仲だったんだけど―――」
「ま、摩央姉ちゃん、ここは図書室だから…」
止めに入る相原君を一度睨み付けて、女の人―――水澤さんは話を続けた。
「なのに光一ったら、同じ高校に入ったっていうのに、途端に冷たくなっちゃってさ…。しかもこんなカワイイ彼女作っちゃって…。つれない男ね」
「ま、摩央姉ちゃんっ!」
(か、彼女だなんて…)
彼が水澤さんにどこまで話したかはわからないけれど、話がだんだん大きくなっていることだけはわかった。
さらに水澤さんは「彼女」と言われただけでも恥ずかしい私の前で、畳み掛けるように赤面したくなるような言葉を並べた。
「いいじゃない、もうキスぐらいしたんでしょ?」
「摩央姉ちゃん、いい加減にしてくれよ」
「フフッ、ごめんごめん」
(キス…)
彼と水澤さんが話をするそばで、保健室の出来事を思い出す。
―――間近で見る彼の顔。近くで感じる彼の呼吸の音。そして、唇…。
「星乃さーん」
「は、はいっ」
彼の呼ぶ声が聞こえて、慌てて意識を現実に戻した。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

伝わらない想い~Time Limit~ -8-

9月後半。この時期になると、夏らしい暑さも終わりを迎えていた。
かわりに感じるようになったのは、秋独特の涼しげな風。
そして、梅雨時のように何日も続けて降る秋雨。
この雨が、時間のない私たちを一気に近づけ―――そして皮肉にも突き放した。


その日は何かを予感させる、そんな雨だった。


前の日に降った雨の影響で、校庭での体育の授業は体育館に変更された。
体の調子があまりよくなかった私は、見学席で授業を眺めることにしていた。
体育教官室にいる先生に一言言って見学席のある階に上がった私は、男子の授業も見られるような場所に腰を下ろした。
こっそり彼の姿を追いかけよう…そう考えていた。
でも、授業の時間になっても、点呼が終わってからも、彼は現れなかった。
(さっきの授業はいたのに…どうしたのかな)
彼のことが気になった私は、授業のことより彼の居場所のほうを意識していた。
体は自然と動いた。階段を急いで下り、保健室に向かって走った。
もし何かあったとしたら、ここのはず…私の直感が、そう言っていた。


保健室のドアを開けると、ベッドを隠すカーテンがかかっていた。
手前を見ると、女の人が寝ている様子だった。
そこで奥に目を遣ると、ベッドのカーテンの隙間から制服のカッターシャツが見える。
ひょっとしたら、相原君じゃないか…静かに近づき、カーテンの隙間に目を近づけ、中を覗く。
…私の直感は正しかった。彼はベッドに横たわり、静かに寝息を立てて眠っていた。
(相原君…)
少し疲れたように見えるけれど、優しそうな顔をしていた。
大事じゃないとわかった私は、ベッドのそばにあった椅子を静かに引き寄せ、カーテンの内側になるように座った。
(『眠り王子』みたい…)
座りながら彼の寝顔を見て、ふと昔読んだ本を思い出す。
魔法によって無限の眠りについてしまった王子が、運命の人である姫にキスされることで目を覚ますという外国の説話。
そのシチュエーションに、彼と自分をダブらせてみる。
(王子様にキス…)
頭に浮かんだ「キス」という言葉が、校舎裏の出来事を思い出させた。
あの時の火の出るような恥ずかしさは、忘れられない。キスという行為に抵抗が生まれた。
けれど、彼と一緒にいる時間が増えたことで、私の気持ちは変わりつつあった。
物語のように、眠っている彼の顔にそっと自分の顔を近づけてみる。
近くなるにつれて、彼の呼吸する音がだんだんと大きくなる…。
(相原君の顔が…こんなに近くに…)
手のひらをいっぱいに広げたくらいまで顔を近づけた。もう少しで鼻に当たりそう…。
(キスって…こんな感じ、なんだ…)
「う~ん…」
間近で彼の顔を見て考えていると、隣のベッドから声がしてドキッとした。
(び、びっくりしたぁ……あっ)
顔を離してのけ反った拍子に椅子の足が浮いて、ガタッという音とともに私は床に尻もちをついてしまった。
勢いがあったせいで強く打ってしまって、すぐには立てないほど痛い。
(いたーい……)
その音で彼が寝息を止め、目を覚ましてしまった。
彼が音のした私のほうを向く。
「ほ、星乃さん…?」
まだ意識がはっきりしていないのか、彼は確認するように聞いてきた。
「ご、ごめんなさい…起こしてしまって…」
「い、いや…いいんだ」
それでも彼は怪訝な顔をしていて、私が保健室にいるという状況があまり理解できていない様子だった。
「ちょ、ちょっとあんた…」
隣のベッドからまた声がした。
「カーテンがこっちまで飛んできたんだけど…」
(えっ?)
見ると、カーテンは私が転んだ力で勢いよくレールを走り、彼のいるベッドの全体が見えるようになってしまっていた。
「ご、ごめんなさい!」
隣の人のベッドにまで飛んだことには全然気がつかなかった。
女の人に謝ると、相手の女の人は私の背中に向けて指を差し、驚いたような声を発した。
「あ…」
「あ…」
背後にいた相原君も同じ反応をしていた。

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伝わらない想い~Time Limit~ -7-

元通りの仲になってから、相原君は図書室によく来てくれるようになった。
彼にいつ図書室にいるのか聞かれた私は、当番の日を全部伝えた。すると、当番の日は必ず私に会いに来てくれた。それはカウンターの日だったり、本棚の整理の日だったり、新刊が入る日だったり…気がつけば一週間、毎日のように会っていた。
私と会った後は図書室で涼むだけだった彼も、本に囲まれる環境のせいか本について私に聞いてくれるようになった。
「星乃さんおすすめの面白い本ってない?」
あまり読書はしない、という彼に合った本を本棚から探す。
(最初はこれくらいがいい…かな?)
「こういうのって、どうかな?」
候補を決めて彼に渡すと、これくらいの薄さなら、と喜んで読んでくれた。
そして、彼はなぜか本を読むときは私の目の前の閲覧机に座っていた。一方の私は私で、作業をしながら彼が本を読んでいる姿をずっと見つめていたりして。
彼が時々顔を上げて私の方を向くのに気づくと、恥ずかしくてあさっての方向を向いてしまう私がいた。


図書室とは縁がなかったはずの彼と、こんな風にして会うことができるなんて考えてもみなかった。


初めて一緒に帰ることもできた。
「今日、よかったら一緒に帰らない?」
「ええっ!?」
掃除の終わった放課後の教室で、最初に彼から提案されたときは驚いた。
私は電車通学で友達は少ないし、しかも図書委員で遅くなることが多かった。そのせいで帰るときはずっと一人だったから、誰かと一緒に帰るということが初めてだった。
(こんな私でも、いいのかな…?)
正直に言うと、彼の言葉に戸惑った。
「ダメ…かな?」
「ううん!そうじゃなくて…」
私が返事を渋るのを見て、彼はダメだと思い込んでしまった。
私の思いと彼の思いがうまく交わらない…。私はダメというわけじゃなくて、ただ戸惑っているだけ。本当は嬉しい。
「私でも、いいの?」
おそるおそる相原君に訊いてみると、彼はこう言った。
「星乃さんだから誘ったんだ」
彼がここまで言ってくれてるのに、私の都合で返事を渋るわけにはいかない。
「あなたがそう言うなら…」
戸惑いを隠して、私は彼の言葉に従った。
この後、彼と初めて一緒に帰ったときのことは緊張していてほとんど覚えていない。
ただ、いつもより駅までの時間が長かった感覚だけは覚えている。
「じゃあ、ここで」
「ええ、ありがとう」
輝日南駅の改札の前で彼と別れた後、隠していた戸惑いは満足へとすり替わっていた。帰りの電車の中で、私は一人満足感に浸っていた。


あの日が迫ってくるのを、この時までは忘れることができた。

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伝わらない想い~Time Limit~ -6-

あのことを、彼も気にしているようだった。
校舎裏で会った翌日、彼は私と少し距離を置いていた。
下足室で顔を合わせても、教室で偶然目が合っても、彼は気まずそうにして私と話すことを避けていた。
(私…悪いことしちゃったのかな…)
彼の態度を見て、彼への恐怖に加えて罪悪感を抱きはじめた私。
その芽生えたものは彼と話せない時間に比例して、どんどん大きくなっていく。
そしてそれは授業中でも、教室で本を読んでいても、図書委員の仕事をしていても、暇なく心のスキを突いてくる。
(私…どうしよう…)
2つの感情の挟み撃ちにあった私の小さな心は、もうパンク寸前だった。


そんな負の心を追い払ったのは、やっぱり彼の存在だった。
「星乃…さん」
放課後、相原君は人のまばらな時間に図書室に現れ、本棚の整理をしている私に声をかけてきた。
「相原君…」
「今、ちょっといい…?」
「いいけど…」
彼は私の返事を聞くと、話したいことがあるから屋上に来て欲しい…と言って姿を消した。
彼からの2度目の呼び出し。彼と話すのが少し怖いけれど、断る勇気はない。
私は作業をする手を止め、後を追って屋上を目指した。
そして屋上に着いた私を待っていたのは、彼の謝罪の言葉。
「昨日はあんなこと言って、本当にごめん!」
「昨日って…キス…のこと?」
彼は軽く頷いて、昨日はどうかしてたんだ、つい口が滑ってしまって…と続けた。
(そんな…私…)
本当は自分が悪いんじゃないか、彼に悪いことをしたんじゃないか…そう思っていた私には彼の一言一言が意外だった。
「もしできるなら、また友達として仲良くしたいんだけど…」
話の最後に発せられた彼の声は、呟くように小さな声だった。
きっと自分のことを責めているに違いない―――私にはそう見えた。
やっぱり私のせいで彼を困らせてしまっている…罪悪感が私を襲う。
「相原君…私こそ、先に帰ってごめんなさい…」
「えっ…?」
「私、男の人のことよく知らなくて、男の人と話すのも慣れてないから…」
ずっと男の人の友達がいなかった私は、男の人と仲良くなるとどうなるかなんて知らなかった。
キスのことはびっくりしたし、恥ずかしかった。だから先に戻ってしまった。
でも、こうやって相原君を困らせたのは私の責任。謝らなきゃいけないのは本当は私のほう…。
それに、相原君の困っている顔は見たくない…。
うまく言葉を繋ぐことはできなかったけれど、私は自分の気持ちを素直に伝えた。
最初は私が謝ることに驚いていた彼も、私の気持ちを伝えたことで安心したのか、少し穏やかな表情に変わった。
「じゃあ、これからも友達でいてくれるってこと?」
「ええ」


離れかけた彼との距離を、私は取り戻すことができた。
ホッとした、と言えばいいのかもしれない。肩の荷が下りたような感覚が体を包んだ。

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伝わらない想い~Time Limit~ -5-

この日の朝と同じようなやり取りは、それから何度もあった。
使いかけの教室の雑巾を全部洗っていたとき、破れかかった教室前のポスターを直そうとしたとき、教室を一人で掃除しているとき…。私が一人で当たり前のようにやっていたことを、彼はいつも褒めてくれた。時には手伝ってくれて、一緒に作業したりもした。
何かの魔法にかかったように、彼との距離が夏までとは比べようのない速さで縮まっていった。


2学期が始まって1週間が経った頃。
相原君に呼び出された私は、緑の茂る校舎裏に立っていた。
「ど、どうしたの?」
普段なら教室や廊下で話しているのに、彼はなぜかひと気の少ない校舎裏に私を呼び出した。
その彼は、私の目の前。緊張しているのか、少し顔をこわばらせている。
「星乃さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「何?」
「あ、あのさ…」
どことなく硬い口元の動き。見ている私も緊張する。
さらに次の言葉を言い出しかけて、飲み込むしぐさを何回も繰り返す彼。言葉のやり取りのない時間が過ぎてゆく。
(どう…したの…かな?)
私が間の空け方を異様に感じ始めた途端、彼は口を開いた。
「星乃さんって…キス、したことある?」
「え、ええっ!?」
突っ込んだ問いかけに不意を突かれた私は、思わず声が裏返ってしまった。
私のリアクションを見て、彼が慌ててフォローする。
「ご、ごめん!」
「え…あ…」
私が言葉に詰まるのを見た彼は、困ったような表情を見せた。
(キス…)
あまりに脈略のない彼の質問。しかも、キスのことなんて…。
顔の温度が急激に上がっていくのを感じた。
彼がこんなことを聞いてくるなんて思いもしなかった。恥ずかしくて、答えを口にするのも躊躇ってしまう。
でも、彼の困った顔は見たくない…。
「…したことない」
「えっ?」
恥じらいを抱えたまま答えを伝える。でも、彼には聞こえていなかった。
「キス…したこと…ない」
もう一度、彼に答えを伝えた。
「そうなんだ…。ありがとう、こんな質問に付き合ってくれて」
「ううん、いいの」
彼の困った顔を見るのは本意じゃない。けれど、羞恥心は隠しようがなかった。
「じゃ、じゃあ…私、先に行くわね」
恥ずかしさが限界に達して、彼の顔をまともに見ることができなかった。
その場から逃げ出すように私は彼の前から去り、教室に戻った。


(キス…か…)
お風呂上がりに洗面所の鏡に映る自分の顔を見つめる。そして、指で唇をなぞってみた。
キスと聞いて私が思い浮かべるのは、映画や恋愛小説で描かれるキス。それは挨拶のためだったり、愛情表現であったり、形はいろいろ。
でも、私にとってキスは遠い存在。ただうっすらと、「好きな人とする儀式のようなもの」という価値観が頭の片隅にちょこんと座っているだけ。
キスシーンでも濃厚なシーンになると目を覆ったり読み飛ばしてしまうような私には、彼の質問はあまりに刺激が強かった。
(明日からどうしよう…)
彼と会うことが、少しだけ怖くなった。

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伝わらない想い~Time Limit~ -4-

(相原君とお友達…)
(嬉しい。けれど、これからどうしたらいいんだろう…)
(話しかけてくれる、って言ってたけど、私からも話しかけたほうがいいのかな…?)
「結美…」
私を呼ぶような声がしたけれど、水をかく音にかき消されてはっきり聞こえなかった。
(でも私、男の人と話すなんて…)
「結美!」
少し間をおいて、ドンドンとドアを強く叩く音がした。
「は、はいっ!」
「いつまでお風呂に入ってるの。早く出なさい」
ドア越しに聞こえたお母さんの声で、私は自分が湯ぶねに浸かっていたことを思い出した。
手のひらがふやけて皺だらけになっている。
(すっかり長風呂になっちゃった…)
家に帰ってきてからの私は、ずっと図書室での出来事を思い出していた。
彼と交わした、初めての会話。緊張したけれど、彼と話ができたことは切るカードのなかった私にとって何よりの収穫だった。
食事中もお風呂の中でもずっと頭の中が彼一色。
次の日からの楽しみがひとつ増えて、日記を書こうとしてもペンは進まず、寝る前の読書も手につかなかった。


輝日南での最後の1ヶ月は、予想外の好スタートを切った。



あくる朝。早めに登校した私は、校舎のそばにある花壇で花に水をあげていた。
「星乃さん、おはよう」
ホースを持つ私に誰かが声をかけて来た。こんな時間に誰だろう…?おそるおそる振り向くと、鞄を持った彼が立っていた。
「あ、相原君…おはよう」
「びっくりした?」
「う、うん。少しだけね」
朝から彼と話せるなんて。動揺して、つい俯いてしまった。
「そっか…ごめん、つい星乃さんの姿が見えたから」
「ううん、いいの」
(そういえば、今日はどうしてこんなに早いのかな…?)
いつも遅刻ギリギリに来る相原君が、こんなに早く―――まだ8時にもならない時間に来る。ちょっと意外に感じた私は、彼に理由を聞いてみた。
「今日は早いけど、どうして?」
「珍しく早く起きたから」
「そうなの?」
「家族はびっくりしてたけどね」
苦笑いを浮かべる彼につられて、つい頬が緩む私。
「ところで、星乃さんは何してるの?」
「お花に水をあげてたの。水が冷たいうちにあげておかないと、枯れちゃうから」
「そうなんだ。でも、これって星乃さんの仕事?」
もちろん私の仕事じゃない。掃除当番の人が係になっている…けれど、忘れられがち。私は花が好きだし、水やりとか世話をするのが好きだから、と彼に理由を話した。
「優しいんだね」
「ううん、そんなことない」
私は決して褒められるほどのことはしていない。好きでやっているだけ…。だから否定した。
「でも、誰も気がつかないところに気がつくってすごいと思うよ」
「そ、そんな…」
「本当だから」
「あ…ありがとう」
嬉しかった。彼が何度も私を褒めてくれた。
人に褒めてもらうことがこんなに嬉しいと感じたのは、とても久しぶりな気がする。
彼と話をしたことで、朝から気持ちのいい気分で授業に臨むことができた。

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伝わらない想い~Time Limit~ -3-

「や、やあ…」
相原君は落ち着かない様子で私に声をかけてきた。
「こ、こんにちは…」
(彼が、こんなに近くに…)
落ち着かないのは私も同じだった。挨拶することひとつに不自由してしまう。全然話をしたことがない男の人…しかも彼と会話をする、という行為が内気な私の壁となって立ちはだかった。
「あ、相原君…」
「僕の名前、知ってたんだ」
「え、ええ…。だって、1年の時から同じクラスだったから…」
「そうだったね」
「う、うん…」
…緊張して次の言葉が出てこない。胸のドキドキが、彼に伝わりそうなほど激しく私の体に響く。
(あ…私、どうしよう…)
冷静になろうとすればするほど頭の中を駆け巡る彼への想いが、思考回路を遮断してしまう。思うように話せないもどかしさだけが口の中に残ってしまっていた。
「そういえば、星乃さんがどうして図書室に?」
止まってしまった回路を刺激するように、彼は私に話しかける。
「え…?」
彼の質問でフッと我に返った。
(私、図書室に何しに来てたんだろう…)
自分の立場を忘れて、彼のことばかりに意識を向けてしまっていた。
「あ…私、図書委員だから…」
「そうだったんだ…ごめん、気づかなかった」
「う、ううん…いいの。気にしないで」
彼は私が図書委員だということを知らなかった。
それは私にしてみれば、ある意味当然のこと。目立たないし、地味だし、内気で引っ込み思案で…。それに、彼とも同じクラスだったというだけで話をしたことがないのだから、お互いの情報なんて持ち合わせていない。
…でもやっぱり、彼に知っていて欲しかったという欲張りな気持ちが心のどこかに居座っていた。


「相原君は、図書室に何か用事があるの?」
私は落ち着かないなりに自分の仕事を思い出して、カウンターの椅子に座りながら彼に訊いてみた。
「え、いや…特に用事があるわけじゃなくて…」
「そうなんだ…」
やっぱり図書室には縁のない人なんだ…と思いながらふと視線を落としてみると、右手にハードカバーの本を持っている。
「相原…君」
「な、何?」
「その本、どうしたの?」
「えっ?」
慌てたように彼は手元に視線を向け、何かを思い出したような顔をした。
「この本、返しに来たんだった…」
ポリポリと頭を掻いて苦笑いを浮かべる彼を見て、心が和んだ。
一方で、彼は図書室とは無縁じゃなかった、ということがわかってホッとした私がいた。
「じゃあ、星乃さん、これ…」
彼は持っていた本をカウンターに差し出し、私はその本を受け取ろうと手を伸ばした。本に手を取った瞬間、彼の指が私の指に少し触れる。私の体温より、ちょっぴり、温かい。
(あ、私…何考えてるんだろう…)
ほんの一瞬指が触れただけなのに、胸のドキドキは加速するばかり。飛び出そうな胸の真ん中をずっと手で押さえながら、いつものように返却手続きを済ませた。
「え、えっと…手続き、終わったから」
「うん、ありがとう」
「…」
「…」
カウンターを挟んでお互いの顔を見合う。そこに言葉はなくて、ただ向かい合っているだけ。
無言の空間が生まれて、さっき口の中で感じたもどかしさがじわじわと蘇ってくる。
このまま何も話さなかったら、彼は私の前から立ち去ってしまう。彼とお別れしたら、次はいつお話できるかわからない。でも、気持ちだけがはやって何を話せばいいのかわからない…。
「あ、あのさ」
「何?」
突然、相原君は話を切り出してきた。
「これから、星乃さんに話しかけてもいいかな?」
「えっ…それって、お友達ってこと…?」
驚いた。彼からこんなことを言われるなんて、想像していなかった。
「い、嫌かな?」
「ううん、そんなことない。私、男の人のお友達っていないから…」
「そうなんだ…」
「それに私、目立たないし、地味だし…」
巡ってきたチャンス。でも、私で本当にいいのかわからず気後れがする。
「それでもいいんだ。星乃さんと話したいって思ってたから」
「本当に?」
うん、と大きく頷いた彼を見て、私の迷いはなくなった。
「じゃあ、これからよろしくね」
「ええ、こちらこそ」
よかった…と胸をなでおろす彼を見て、私も何故か安心した。
彼とお友達になれたことが、嬉しかった。

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伝わらない想い~Time Limit~ -2-

夏休みが明けて、2学期の最初の日。
一人で電車に乗り、文庫本を開く。通勤ラッシュに巻き込まれながら、輝日南まで本とにらめっこ。輝日南駅に着くと、そこからまた一人で学校へ向かう。
何もかもがいつもと同じ…のはずだった。
それが転校が決まった途端、不思議と学校までの道のりが長く感じた。いつも見ている風景も、今日に限って今までとは違ったように見える。
…「転校」という事実は、私のあらゆる感覚をセピア色に染めてしまっていた。
染まってしまった自分を実感して、何とも言えない寂しさを覚える。
この街にいられるのも、あの学校にいられるのも、あと少しなんだ。あの人に会えるのも…そう思うと、胸が苦しくて押し潰されそうになる。
ほんの数日前にいきなり突きつけられた現実を簡単に受け止められるほど、私は強くない。
読みかけの本と今にも泣いてしまいそうな感情を胸に抱え、私は輝日南高校の門をくぐった。
「おはよう!」
「おはよー!」
クラスの人たちがお互い久しぶりに顔を合わせるから、教室は明るい空気。
それを避けるように私は視線を窓の外に向け、見える景色をぼんやりと眺めていた。
(私、どうすれば…)
目の前の世界が色褪せていくのは止められない。でも、何とか食い止めないと、私は何もできないまま転校してしまう…。
あと1ヶ月…男の人のことをよく知らず、打つ手の分からない私にとっては短すぎるタイムリミットに、不安ばかりが心の中で蠢いていた。


(バタバタバタ…)
チャイムが鳴ると同時に、その音を掻き消すようなもの凄い足音が私の耳に届く。
「おはよう、柊」
「お、相原。間に合ったか」
「ふう、ぎりぎりセーフってとこだな」
「新学期早々から遅刻とあれば、担任が容赦しないからな」
「ははは…」
汗だくになって教室に駆け込んできた一人の男の子。
私が1年生のときから気になっていた、あの人。彼とは1年の時から同じクラスなんだけど、全然話をしたことがない。
いつもチャイムが鳴る頃に教室に駆け込んできたり、宿題を忘れて先生に立たされたり。私とは何かにつけて正反対だし、しぐさや行動が決してカッコいいというわけじゃない。
けれど、私の目には彼の醸し出す優しそうな雰囲気が焼き付いている。
彼のことが気になりだしたのはいつからかわからない。ただいつの間にか、無意識に彼に視線を向けていることが増えていた。
今日も、足音が聞こえると不意に視線が廊下を向いていた…でも話しかけたりはできなくて、彼をただ見ているだけ。
内気な私ができるのは、そこまでだった。


体育館での始業式が終わると、私は足早に図書委員の仕事に向かった。
職員室へ行って司書の先生に鍵を借り、図書室の鍵を開ける。
…これで一日の仕事の半分は終わり。
借りられる本も返される本も一日に両手で数えられる程度だから、私がカウンター担当の日はほとんど座りっぱなし。
借りる人も限られてて、いつの間にか顔を覚えていたりもする。そこに彼は入っていなくて…。彼を図書室で見かけたこともないし、図書室には縁がない人なのかもしれない…。鍵を開け、開室を待っていた人たちを中に入れる最中、私はずっと彼のことを考えていた。
誘導が終わって中に入り、今日も彼がいないことを確認する。いつものことだから…と言い聞かせてみるけれど、今日は胸にすきま風が吹き込んだような感覚。彼がいないことが、淋しい。
「あれ、星乃さんじゃないか?」
「えっ?」
「ほら、あそこ」
「え、ああ…」
カウンターに入って椅子に腰掛けようとすると、男の子2人の話し声が耳に入ってきた。私の名前を知ってるということは、クラスの男の子…。
振り返って声のした方に目を向ける。見覚えのあるシルエットが2つ、私の目に飛び込んできた。
(相原…君…)
振り向いた拍子に彼と目が合う。
「あ…」
気づいた彼が咄嗟に視線をそらし、私を視界から外そうとする。隣にいた彼のお友達の柊君が、そんな彼に耳打ちする。すると、彼は戸惑う素振りを見せながら一歩ずつカウンターにいる私に歩み寄ってきた。
2人の会話を耳にしてから完全に固まってしまって中腰のままの私に、一歩、また一歩と彼が近づいてくる。
そして、私の目の前で彼は立ち止まった。

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伝わらない想い~Time Limit~ -1-

夏休みも終盤の8月下旬。
残っていた宿題を図書館で片付け、日の沈む頃に家に帰った私。
「ただいま」
「結美、おかえり。お父さんがちょっと話があるみたいだから、先にご飯食べて」
お父さんが私に話がある?一体なんだろう…。
親戚に何かあったのか、それともお父さんのことで何かあったのか…?何か大事なことだというのはわかったけれど、私には何も思いつかなかった。
お母さんに促されるままリビングに行くと、お父さんが険しい顔をして俯いていた。
おかえり、と振り向く表情がどこか暗い。
…悪い予感がした。


食事を終えた私は、片付けもそこそこに両親のいるリビングに行った。
ソファに腰掛けると、お父さんは俯かせていた顔を私のほうに向けて、私と視線を合わせると同時に話を始めた。
「実はな…」
「えっ…?」
私はそこで、思いもよらなかった現実を告げられる。
その現実―――お父さんの突然の転勤。
「今度は輝日南からもずいぶん離れるから、もう輝日南高校へは行けなくなる」
「それって…転校、ってこと?」
そして、もう一つ…突然の転校。
悪い予感は見事に的中した。
(そんな…急に言われても…)
「輝日南が好きなお前のために、上司を説得してみた…でも、通らなかった」
「そ、そう…」
弱気な返事をするのが精一杯。けれど、本心はイヤだった。
思い出がたくさんある輝日南を離れたくない。小さいときからずっと、ずっと慣れ親しんだあの街を離れたくない。それに、私にはまだあの街でやり残したことがある…。だから、まだ転校したくない。転校できない。
どうすれば、1日でも長く輝日南高校に通い続けられるのか…頭を無理やりシフトさせて、考え込んだ。
無言の空間に、親子3人。重苦しい空気が、私の心を締め付ける。
「せめて学園祭まで…ここにいちゃだめ?」
藁にもすがる思いだった。私の我儘なのはわかってる。でも、ここで我儘を言わなかったら私は絶対後悔する。お父さんにもお母さんにも、この気持ちをわかってもらいたかった。
「うーん…」
両親が目を合わせて思案顔をする。私がこんな我儘を言うなんて思ってなかったんだと思う。
私と両親の間に、部屋の重苦しさを倍増させるような空気が流れていく。
しばらく二人で目を合わせていた両親は、私に部屋に戻るように言って相談を始めた。言われた通りに部屋へ戻り、私は机に向かって一人悶々としていた。
転校…量ることのできない重たすぎる2文字。それが頭を占領して、まるで金縛りに遭ったように身動きが取れない。
転校するのは初めてじゃないのに、こんなに辛いものだったなんて…。目の下に溜まって溢れそうなものを必死でこらえながら、返事を待った。


話し合いを終えたお母さんが私の部屋を訪れ、口を開けた次の瞬間に出された答え―――
「結美の気持ち、よくわかったわ。それじゃ、学園祭が終わったら引っ越しだから」
…ホッとした。我儘を通してくれた両親に感謝した。
「うん」
まだしばらく輝日南に行ける。時間は足りないかも知れないけど、やり残したことができる。素直に嬉しい、とは言えなかった。でも、希望が残されているということで十分だった。
嬉し涙とも悲しみの涙とも知れない雫が頬を伝う。それを指で拭いながら、日記を書いた。


「学園祭までに、あの人に想いを伝えよう…ううん、伝えなくちゃ」

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Author:星乃裕一
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『キミキス』『TLSS』(PS2)の二次創作をやってます。
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