キミキス*Kimikiss SS図書室
PS2ソフト「キミキス*Kimikiss」(©2006 ENTERBRAIN,inc.)のメインヒロイン・星乃結美をメインにした創作小説図書室です。

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2人の廊下 -20-

星乃さんは学園祭前のホームルームで、転校することをクラスのみんなに告げた。
改めて転校するというのを聞くと、胸が苦しかった。
転校のことを初めて知ったクラスのみんなが星乃さんの周りに集まり、涙を流して悲しんでいる姿が見ていて辛かった。
何より、人だかりの中心にいる星乃さんがずっと浮かない顔をしていたことが、とても辛かった。
…学園祭が始まっても、星乃さんの周りには名残惜しむ人が常について回る状態で、二人っきりになる時間は全く取れなかった。
結局、僕は一人で学園祭を回らざるを得なくなった。けれど彼女のことがずっと気になって、とても楽しめない。
仕方なく、食堂で時間を潰しながら1日を過ごした。


学園祭の終わり―――それは同時に、星乃さんとの別れが近づいていることも示していた。
ホームルームになってようやく星乃さんの周りから人が離れ、会話をする時間が生まれた。
「相原君」
「何?」
ホームルームの後、星乃さんは片付けに参加することになった僕を呼んだ。
「後で、図書室に来て欲しいの」
「え、どうして?」
「うん、ちょっと…」
「わかった」
二人きりになれる場所…そう考えて彼女は図書室を選んだんだと思う。
キリのいいところで作業をやめ、片付けに追われる柊やクラスの友人に断りを入れ、一人図書室へと向かった。
輝日南高校での、星乃さんとの最後の時間――――


星乃さんは図書室の窓際で読みかけの本を持って待っていた。
窓から入り込む風が彼女のセミロングの髪をなびかせている。
「星乃さん」
声をかけた僕に気づき、僕の方を振り向いた彼女の顔が夕日に照らされる。
微笑みかけてくれる星乃さんの表情は、まるですべてを乗り越えたように穏やかだった。
それを見た僕は安心して、気持ちが落ち着いた。
「やっと二人になれたわね」
「そうだね」
「…学園祭、一緒に回れなくて…ごめんなさい」
「仕方ないよ」
「ううん、せっかく約束したのに悪いことしちゃって…」
余程気にしていたのか、すっかり下がり眉の星乃さん。僕はすかさず慰める。
「気にしてないよ。だから、あまり自分を責めないで欲しい」
「うん…ありがとう」
八の字の眉が、大きな弧を描いて元に戻った。
「そういえば、ここは星乃さんが学校で一番好きな場所なんだよね」
「ええ。たくさんの本に囲まれて、たくさんの本に触れあって…大好きなものに囲まれて、幸せだったわ」
「よかったね」
「ええ」
嬉しそうに話す星乃さんの透き通るような笑顔が、とても可愛かった。
「最後に、受付に座ってみたら?」
「うん」
「じゃあ、これ…持ってて」
持っていた本を僕に渡すと、星乃さんはカウンターの椅子に座った。
「図書館に何かご用ですか?」
彼女はとびきりの笑顔で、カウンターの向かいにいる僕に話しかける。
「ちょっと待ち合わせで来たんだけど…」
「どなたと?」
「目の前の女の子と」
「クスッ」
キザっぽい会話が恥ずかしくて、二人でクスリと笑った。
「…もう、ここに座ることもないのね」
さっきまで嬉しそうだった星乃さんの顔が急に淋しそうな表情になった。
…事実、彼女がこのカウンターに座ることはもうない。
座っていた彼女は静かに腰を上げ、カウンターから離れていった。
「もう、いいの?」
「あんまり座ってると、寂しくなるから…」
「そっか…」
ずっと座っていたら、きっといろんなことを思い出して立てなくなる。彼女はそう思ったんだろう。
「そろそろ、行かなくちゃ」
「……」
もう…行ってしまう。
「帰りに、丘の上公園に寄らない?」
別れる前に、星乃さんの好きな場所に連れて行きたかった。
彼女はうん、と頷いて僕の腕を取った。


丘の上公園に着く頃には、もう日が暮れかかっていた。
「…ここに来ることも、もうないのね…」
「……」
夕日に染まった輝日南の街を眺めて寂しそうな星乃さんの顔を、僕は見ることができない。
「私、この街が大好きだったの。この公園も、ここから見る景色も、この街の雰囲気も全部。だから、引っ越しても我儘を言って電車通学させてもらってたの」
「……」
「それに、この街には引っ越す前からずっと好きな人がいて…」
「…その好きな人が、僕?」
「ええ。相原君と遠足で手をつないだり、あなたが滑り台で下りられなくなった私を助けてくれたことは今でも覚えてる。あなたの優しいところが好きだった。引っ越してからもずっと探したくて、この街に毎日通ってたわ。でも、全然会えなかった…」
「そうだったんだ…」
「高校の入学式で相原君の名前を見たとき、私…嬉しかった。やっと、やっと会えたって思った。それなのに、あなたは気づいてくれなくて…」
「ごめん…」
「クラスが一緒なのに、全然話す機会がなくて…。このまま片想いで終わっちゃうのかなって思ってた…。夏休みに転校が決まって、もう会えなくなるってわかって…悲しかった。それであの時、嘘をついたの…」
「あの時って…」
星乃さんは僕と知り合いたいがために、やってある宿題を忘れたとわざわざ嘘をついていたんだ。
「……」星乃さんの気持ちを改めて感じて、もう言葉にならなかった。
そして、僕との慣れない関係にも健気だった星乃さんに、自分が彼女にしてきた常識外れの行動を恥じた。
「星乃さん…本当にごめん」
「ううん、いいの。こうやってあなたとお知り合いになれて、私は嬉しかった」
「星乃さん…」
こんな僕に…彼女の言葉が嬉しくて、胸が熱くなる。
「それに、あなたが昔のことも思い出してくれたから…。私はそれでいいの」
「……」
―――9年越しの片想い。そこには、僕が気づかなかったことで生まれた空白がたくさんある。
僕はその空白を、これから埋めていこうと決めた。
「星乃さん、離れても気持ちはいつも一緒だよね?」
「ええ、もちろん。心はいつもあなたのそばにいるわ」
もう、離れない。そして絶対に離さない。
「バイトして、お金貯めて会いに行くよ」
「うん、ありがとう。待ってるから…」


「行く前に、滑り台に行ってみない?」
「…うん」
滑り台は僕らが成長したことですっかり小さく見える。その階段を登って、二人で沈む夕日を眺める。
「星乃さんのこと、ずっと大切にするから」
「ありがとう…」
僕は星乃さんを優しく抱き、唇に自分の唇を触れあわせた。





「星乃さん…好きだ…」
「私も好き…大好き…」




Fin.
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テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -19-

こんな展開になるとは思っていなかった。
星乃さんと二人っきりのプール。しかも、学校のプールでなんて…。
先に着替えてプールサイドにいた僕の心は、緊張とドキドキの狭間で揺れ動いていた。
「おまたせ」
濃紺のスクール水着に着替えた星乃さんは、制服の時より少し細く見える。
(もう、星乃さんのスクール水着姿を見ることもないんだな…)
スクール水着姿の彼女を見つめて一人感慨に耽っていた。
「相原君…」
「な、何?」
「恥ずかしいからあんまり見ないで」
「あ…ご、ごめん」
慌てて目を逸らす。しまった、ちょっとやりすぎた。
「さあ、泳ごうか」
「ええ」
場の空気を変えるため、僕らは水の中に入ることにした。


学校のプールとはいっても、二人で泳ぐには広い。
二人で泳いだり、歩いたり。時々水をかけ合ってはしゃぎながら、水の中で時間を過ごした。
窓から差し込む夕日がやけに眩しい。
「この辺りは深いから、つま先で立つのがやっとなの」
「じゃあ、僕の肩につかまって」
「うん…」
プールの真ん中。僕の肩を持った星乃さんの顔が、目の前にある。
「あ…」
彼女も僕の顔との距離に気づいたのか、少し顔が赤い。
鼻がひっつきそうなほどの至近距離でお互いの顔を見つめる。夕日に照らされる彼女の顔が、僕の目には寂しそうに映った。
(もう、会えなくなる…)
変えられない現実。でも、会えなくなるなんて嫌だ。こんなに好きな人と、離れるなんてできない…。
つのる想いだけが身体中を駆けめぐり、感情のタンクはもうはち切れそうだった。
(星乃さん、好きだ…)
「キスしていい?」…もうこの言葉は必要なかった。
僕は何も言わず、星乃さんの唇に自分の唇を重ねた。
彼女は呼応するように僕の肩を持つ手を首に回し、力を込めて僕を抱きしめる。
淋しい想いはお互い変わらない。むしろ、彼女の方が淋しかったんだと思う。
星乃さんは重ねた唇をより密着させるように僕の頭に手を動かし、抱くようにして僕の顔を彼女の顔に近づけた。
今までで一番濃厚で、大胆で、一番長いキス。
二人の世界にいる僕らに、ここが学校のプールだということはもう関係なかった。


どちらからともなくおもむろに唇を離す。頭に動かした手を肩に戻した星乃さんは涙を流していた。
「私…忘れない…」
「僕も忘れない…」
次々と頬を伝う涙はやがて、プールの水と同化した。
プールの水がみな星乃さんの涙になったような錯覚を覚える。
僕は彼女の頬に手をやり、親指で優しく涙を拭い取った。それでもとめどなく、彼女の目からは大粒の雫が流れ落ちる。
「泣かないで、星乃さん」
「うん…泣いちゃいけない、泣いちゃいけないって思ってるんだけど…」
「星乃さん…」
…僕が彼女を守る。それが、今の僕にできることだと思った。
僕は涙でくしゃくしゃになった彼女の顔を胸に抱き寄せ、子どもをあやすように頭を撫でた。
「…ありがとう…」
胸の中で、彼女は小さな声で僕に言った。


日が沈みかけた頃、僕らはプールから上がり制服に着替え直した。
一緒に帰るとき、僕らは腕を組み、時折見つめ合いながら微笑んでみたりした。
あと少しだけの一緒にいられる幸せなひととき。
駅で別れるとき、腕を離すことさえ互いに躊躇った。
二人の時間がずっと続いて欲しい。僕も星乃さんも、同じ思いだった。
「学園祭、一緒に回らない?」
「…うん」
別れる間際に交わした会話は、学園祭の約束だけだった。
でも、これだけで十分だった。


プールでの出来事の余韻が冷めないまま、週末を迎えた。
正門に建てられてある「輝日南高校学園祭」と書かれた大きな門を見ながら、教室へと向かう。
星乃さんと学校で会うのも、隣の席に座るのも、今日が最後。
彼女と同じ空間にいて、同じ教科書を広げて、同じ先生の授業を受けることはもうない。
認めたくない、受け入れたくない、もし今からでも変わるなら変わって欲しい現実。
それを、ただ噛みしめるしかなかった。
「おはよう」
「おはよう、相原君」
教室に着くと、いつものように星乃さんと挨拶をする。
このいつも通りの光景も、もうなくなるんだ。そう思うと、僕は切なかった。

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2人の廊下 -18-

家に帰り自分の部屋に戻った僕は、左腕から時計を外し、机の上に置いて見つめた。
(星乃さんと同じ時計だ…)
好きな人と同じものを持つ。それが僕にはとても新鮮で、嬉しかった。
初めて感じる、好きな人が目の前にいるような感覚。
そして、同じものを持つという行為でお互いの結びつきが強くなったような感覚を覚えた。この時計は、何があっても手離さない…。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
二人っきりの世界に浸っているところに、妹の邪魔が入った。
せっかくのムードがぶち壊しだ。
「菜々、ノックぐらいしろよな」
「ごめんなさい…。お兄ちゃん、菜々が『ご飯できたよー』って何回も言ってるのに、下りてきてくれないんだもん」
「もうすぐしたら下りるから、って母さんに言っててくれ」
「うん、わかった…」
(…ったく)
「お兄ちゃん、机の上にあるの、何?」
…まだいたのか。こっちは星乃さんのことを考えていたいのに。
「お前には関係ないだろ」
「関係あるもん!菜々はお兄ちゃんの妹なんだもん!」
あーもう。菜々の発言にイライラさせられて、星乃さんどころじゃなくなってしまった。
はらわたが煮えくりかえった僕は、吐き捨てるように菜々に告げた。
「先にご飯食べててくれ!」
「うん…」
きつく言ったことでようやく菜々は僕の部屋から撤退し、リビングへと下りていった。
(まったくもう…)
怒りが収まるのを待って再び時計に意識を向け、またしばらく星乃さんのことを考えた。


次の日から、僕はペアウォッチをはめて登校した。
時間にルーズだった僕が時計をするなんて、いったい誰が考えただろう。
「おはよう、星乃さん」
「相原君、おはよう」
いつものように教室で挨拶を交わす。星乃さんの左腕を見ると、彼女もはめてきてくれている。それを確認するだけで、胸が躍った。
「フフッ、なんだか恥ずかしい」
「僕もだよ」
僕らは照れながら、ペアウォッチが近づけた二人の距離を確かめ合ったような気がする。
教室にいる間は、授業中も、休み時間も、互いの目が合うと見つめて笑顔を浮かべる。
会話はないけれど、なぜか会話をしているときよりも幸せな気持ちだった。
僕は彼女の顔を見るだけで幸せだったんだと思う。そして彼女も、僕の顔を見るだけで幸せだったのかも知れない。
自分にこんな純粋な気持ちがあったのか…と自分で思うくらい、僕自身の心境の変化は著しかった。
星乃さんも、出会った頃からは想像もつかないほど積極的になっていた。
「ねえ、一緒にどこか行かない?」
彼女は僕の手を取り、学校のあらゆるところを見て回ろうとした。
花の手入れをしていた花壇。
よく読書をしていたというテラス。
星乃さんの居場所だった図書室。
二人が初めて会話した保健室。
そして…初めてキスをした校舎裏。
どこに行っても、彼女はその場所にある思い出や思い入れを語っていた。
彼女にとって、学校全体が一つの思い出のようなものだったんだろう。
思い出を語るときの彼女の顔が、とても嬉しそうだったのが印象的だった。


でも、時間は待ってはくれない。もうすぐ星乃さんとは離ればなれになる。
それだけが、ただそれだけが怖かった。


星乃さんと受ける最後の授業の日。
彼女のことが頭を占領していたことで前の日あまり眠れなかった僕は、体育の授業を水泳と間違えて水着を持ってきてしまい、体育の先生にこっぴどく叱られた。
(はぁ…)
体育が6時間目だったからよかったものの、僕はこの一日がスッキリ終われなくなってひどく落ち込んだ。叱られて少し自棄気味の僕は、ホームルームが終わると久しぶりにプールへ向かった。
…またしても誰も泳いでいない。ツキにも見放された。そう思っていた。
「相原君」
後ろから僕を呼ぶ声がする。
「あ、星乃さん。プールに何か忘れ物?」
「ううん、そうじゃないの。もうプールに来ることもないから、しっかり目に焼き付けておこうと思って」
「そうなんだ」
「相原君はどうしてここに?」
「あ、いや…」
(自棄になって覗きに来たなんて言えないよなぁ…)
「実は今日、体育が水泳だと間違えてさ、海パン持って来ちゃったんだよね。だから、無性に泳ぎたくて。あはは…」
海パンを持っているのは事実だけど、プールに来た本当の理由があるせいで後ろめたい。
「そうなんだ…。じゃあ、私も…泳ごうかな」
「ええっ!?」
「えっ?いま私、変なこと言った?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
誰かに見られたらどうしよう。先生に見つかったりでもしたら…腰が引けてしまって、気持ちが前向きになれない。
「本気?」
僕は星乃さんの気持ちを確かめた。
「うん。だって、学校のプールを二人で泳ぐなんて、なかなかできないもの」
(……)
でも、いい思い出になるかも知れない。
「そうだね。一緒に泳ごう」
「ええ。じゃあ、ちょっと着替えてくるわね」

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -17-

「お二人さん、反省した?」
授業が終わると、何も知らない川田先生は宿題を忘れた僕らを戒めに来た。
「はい…すみません」
「もう宿題忘れたりしません」
「よろしい、教室に入っていいわよ」
「入っていいって、もう授業は…」
「文句を言わない」
「はい…」
先生に睨まれながら、僕は星乃さんと教室に戻ろうとした。
「あ、星乃さん、ちょっと」
先生が星乃さんを呼び止める。
彼女は不思議そうな顔をしながら、先生のところへ行き、何やら話を始めた。
(転校のことだろうか…)
気になった僕は、2人の会話をしばらく眺めていた。
星乃さんの顔が何となく上気しているのが見える。転校のことじゃないのか…?
会話が終わると、川田先生は僕に軽く笑顔を見せ、去っていった。
「何話してたの?」
先生の笑顔の意味がわからなかった僕は、戻ってきた星乃さんに聞いてみた。
「ううん、何でもない」
クスリと笑顔を見せた星乃さんは、自分の席へと戻っていった。
川田先生と話した後の星乃さんは、さっきまでとはうって変わって明るい表情。
明るく取り繕っていたのかも知れないけど、彼女の暗い顔は見たくない。
僕は彼女が明るく接してくれるのが嬉しかった。


僕らは放課後、校門の前で待ち合わせて駅前へと向かった。
「こうやって帰れるのも、あと少しだね」
「うん。でも相原君と一緒にいられて、嬉しい」
「僕もだよ」
一週間という残された時間。
星乃さんと話す時間が、彼女と一緒にいる時間が何よりも大事だった。
「星乃さん、ちょっと寄りたいところがあるんだ」
その大事な時間で何をするか、僕はあらかじめ考えておいた。
「どこ?」
「デパートなんだけど」
デパートで何をするんだろう。彼女はそんな顔をしている。
「何かお買い物?」
「一緒に来てみたらわかるよ」
僕は目的を悟られないよう、わざと言葉を濁した。
その選択は正しかったらしい。彼女はとても嬉しそうだ。
「フフッ、何だか楽しみになってきたわ」


デパートに着くと、僕は迷わず時計コーナーに向かった。
まだ星乃さんには何も気づかれていない。
「ここは…時計コーナー?」
「そう」
「でも、どうしてここに?」
何も知らない彼女に、ここで一日したためていたことを明かす。
「ペアウォッチ、買わない?」
「えっ?」
僕の提案に余程びっくりしたのか、彼女の声のトーンがいつもより少し高い。
「何か星乃さんとお揃いのものが欲しかったんだ。腕時計って毎日身につけたり見たりするものだから、いいかなと思って。星乃さんと同じ時計なら、その時計を見て星乃さんのことを思い出せるし」
「相原君…」
「どう?」
質問したばかりなのに、星乃さんの答えが待ち遠しい。
「うん、嬉しい…」
「…よかった」
心の中で何度もガッツポーズを取った。
たくさんの時計が並べられたウインドウを見て、二人で手頃な値段の時計を探す。
「こんなのどう?」
「うん、いいと思う。絵柄がかわいい」
僕が選んだのは、動物のキャラクターが描かれた腕時計。
男にはかわいすぎるかも知れないけど、星乃さんと同じ時計ということだけで満足だった。
「この時計、大事にするわね」
「僕も大事にするよ」
二人で交互に時計をはめ合う。
「そういえばこのコアラ、相原君に似てる気がする」
「そう?どんなところが?」
「いつも眠そうなところ」
「それってどういう意味?」
「フフッ、ひみつ」
口を尖らせる僕を見て笑っている彼女を見ると、僕は怒るどころかつられて笑っていた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -16-

キスをした後のことはあまり憶えていない。
ただ、駅で僕を見送る彼女の顔がとても淋しそうだったことは憶えている。
(星乃さんともうすぐ会えなくなる…)
帰りの電車の中で、切なくて胸が張り裂けそうになった。


あくる朝。
学園祭ウイークで盛り上がる周囲を尻目に、鬱々とした感情を抱えながら教室に入った。
星乃さんとは「おはよう」と一言言葉を交わしただけ。
(転校…か…)
そればかりが頭を支配して、授業に身が入るような状態ではなかった。
「はい、今日は現代国語の宿題回収の日だから後ろから集めて」
1時間目が現代国語ということも、宿題なんてあったかどうかも憶えていない。
「相原君?」
(はぁ…)
「相原君?聞いてるの?」
川田先生が呼ぶ声が微かに聞こえた。
「え、えっ?」
「相原君、宿題は?」
「え、あっ…」
慌てて鞄の中をまさぐる。しかしそれも虚しく、宿題のノートはその中にはなかった。
「ふう…また忘れたのね。じゃあ今回も廊下に立っててもらいます」
「ええっ!?」
「ちゃんとやってくるように、って念を押してたはずなんだけどな」
川田先生にため息混じりに皮肉られた。
「す、すみません…」
「はい、それじゃ相原君は廊下で頭を冷やしてきなさい」
仕方なく、席を立って廊下に出ることにした。
「他に忘れた人は?」
クラスの誰からも手が挙がらない。
(どうせ僕一人だろうな…)
諦めて教室のドアを開けようと手をかけた瞬間…
「先生…私も…忘れました」
(えっ?)
「えっ?星乃さんも?」
「はい…」
冗談だろ、と耳を疑った。
「意外ねー。あなたが2回も宿題を忘れるなんて」
「すみません…」
「…仕方ないわね。あなただけ教室に残しておくわけにもいかないから、廊下で反省して」
「はい…」
星乃さんが席を立つのを見ると、僕はドアを開けてそそくさと廊下へ出た。


後を追うように、星乃さんは廊下に出てきた。
「ど、どうしたの?」
「うん、ちょっと家に忘れてきたみたい…」
驚く僕に、星乃さんは苦笑いを浮かべながら理由を話してくれた。
「そういえば、2学期の最初もこんな感じだったわね」
「そうだね」
二人が初めて話したときのことを思い出す。
宿題を忘れて、二人で廊下に立たされた。
あの時は星乃さんの目の前で倒れて保健室に運ばれたんだっけ…恥ずかしかった。
でも、倒れたから星乃さんと知り合えたんだ。
「あの時は本当にありがとう」
「ううん、こちらこそ」
笑顔で返してくれる星乃さん。
「それにしても、誰もいなくて静かね」
「授業中だからね」
「クスッ、そういえばそうね」
教室の先へと続く廊下をちらりと見ながら、二人でたわいもない会話を小声で交わす。何だか新鮮で、面白かった。
「…相原君」
「何?」
星乃さんは急にしんみりした表情を浮かべた。
「…私を、抱きしめて…」
「…ここで?」
こくりと頷く彼女。
誰もいない二人っきりの廊下。教室の磨り硝子の窓は閉まっている。見られることはまずない。
それなのに、誰かに見られたらどうしよう…そんな不安が頭をよぎる。
僕の馬鹿。意気地なし。
「私、相原君と離れたくない…」
「星乃さん…」
「我儘なのはわかってる…でも…」
哀願するような潤んだ瞳で、星乃さんは僕を見つめた。
「…もう、それ以上言わなくていいから」
星乃さんの気持ちを、僕が受け止めなくてどうする。
僕は星乃さんの背中に手を回し、おもむろに体を密着させた。
「あ…」
僕が星乃さんを抱きしめると、呼応するように彼女はか細い腕に力を入れ、僕を抱きしめる。
映画のワンシーンのように、僕らのいるところだけが別世界のような感覚をただ味わう。
「ずっと、こうしていたい…」
「私も…」
教室では授業中ということも忘れ、二人で互いの温もりを感じ合った。
制服の胸のあたりにじわりと熱いものが滲みるのを感じる。
それがとても切なくて、彼女の髪を撫でながら抱いている腕にありったけの感情を込めた。
「…ごめんね、いきなり『抱きしめて』なんて言って…」
僕の腕の中で、星乃さんは囁いた。
「私、昨日ずっとあなたのことばかり考えてたの…。それで…眠れなくて…」
「……」
直感でそれが廊下に出てきた本当の理由なんだとわかった。宿題を忘れたんじゃないんだ。
「今日の放課後、一緒に帰れない…かな?」
言葉では言えない。けれど、僕も淋しい。だから、星乃さんと一緒に帰りたかった。
「ええ、嬉しい」
少しでも長く二人で一緒にいたい。それはお互い同じだったのかも知れない。
彼女は二つ返事で返してくれた。

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2人の廊下 -15-

星乃さんの家は二階建ての一軒家で、玄関のそばには植木鉢がたくさん置かれている。おそらく星乃さんが育てているんだろう。
「相原君、上がって」
「おじゃましまーす」
シーンとした家の中に、2人の階段を上る足音だけが響く。
星乃さんは僕を部屋に案内するなり「ちょっと待ってて」と言い残し、下へ降りていった。
女の子の部屋。妹の部屋すら見ることのない僕は、初めて体験する空間だった。
淡いブルーや水色で装飾られ、落ち着いた雰囲気の彼女の部屋。本棚にはぎっしりと文庫本が詰まっている。
「お待たせ」
入ってきた星乃さんは紅茶の入ったティーカップと一緒に分厚い本を持っていた。
「それってアルバム?」
「ええ。恥ずかしいけど」
すこし赤面しながら、僕にアルバムを渡してくれた。
淹れてくれた紅茶を飲みながら、一ページずつゆっくりとめくってみる。
涎掛け、ベビー服、幼稚園の制服…どれもかわいかった。
(…ん?)
アルバムの真ん中あたりで僕は手を止め、目を疑った。
小学校の運動会の集合写真で、見覚えのある紋章が写真の背景に写っている。
さらに眼を凝らして見てみると…今度は見覚えのある顔がいくつも出てきた。
小・中と一緒だった僕の友人が写っていたのだ。ということは、さっき見た紋章は小学校の校章…?
(まさか…星乃さんは僕と…小学校が同じ?)
さらにページをめくる。すると…遠足の写真で明らかに誰とわかる顔があった。
僕が写っている…。隣には前髪の脇でゴムを巻いた女の子…しかも、手を繋いでいる…。
(こんなことって…ありなのか!?)
心の波は一気に荒れ、もう冷静ではいられなかった。
「この写真って、どの子が星乃さん…?」
真実を目の当たりにした僕は、確認するようにおそるおそる彼女に話しかけた。
「私?…えっと…これ…」
彼女も勘づいたのか、写真を指す指が震えている。その指の先が指していたのは、僕と手を繋いでいる女の子…。
(そんな…馬鹿な…!)
記憶の引き出しが、自ら音を立てて一斉に鍵を開け始めた。


星乃さんは小学2年の時、僕と同じクラスだった。
遠足の班で一緒になって、手を繋いで先生について行った。帰りに丘の上公園で遊んだ。
滑り台から降りられなくなった星乃さんを助けたこともあった。
妹や幼なじみのお姉ちゃんと一緒に4人で帰ったこともあった。
でもその年の夏、クラスの誰も知らないままひっそりと転校していた。
転校したことは人づてで聞いた。けれど、時とともに顔も名前も忘れていた。
たった3ヶ月。その記憶が、転校したその子の前で鮮明に蘇った。
まさか、自分の好きな人が自分とこんな過去を共有していたなんて…。
「相原君…」
記憶が紡ぎ出した過去に打ちのめされた僕を現実に引き戻すように、星乃さんは話しかけてきた。
「星乃さん…」
名前を呼んだけれど、他に言葉が出てこない。
「やっと、気づいてくれた…」
言葉が出てこない僕は、俯き加減に頷いた。
彼女は続ける。
「実はね、相原君にもう一つ伝えないといけないことがあるの」
「え…何?」
彼女の哀しげな表情が作り出す重い空気が部屋を支配する。
「私…転校するの」
(えっ…!!)
「それって…冗談でしょ?」
「ううん、冗談なんかじゃない。本当なの」
「そんな…」
僕は呆然とした。呆然とするしかなかった。
過去の転校を思い出したばかりの僕に、星乃さんの言葉はあまりに重すぎる。
「このこと、ずっと言わなきゃ…って思ってたんだけど、どうしても言い出せなくて…」
「…いつ、決まったの?」
冷静になろうと必死にもがく。
「夏休み…。8月にお父さんが転勤したの。今は単身赴任なんだけど、この家の売り先も決まったし、みんなで暮らそうって…」
「……」
「あなたが『友達になろう』って言ってくれた時、私…すごく嬉しかった。でも、その時にはもう転校が決まってたの…」
彼女の目が潤んでいる。でも僕はショックで気が動転しきって、頭が回っていない。
「…いつ、転校するの?」
「お母さんが、学園祭が終わるまではこっちにいていいって…」
「学園祭って…来週じゃないか!」
僕は冷静さを完全に失った。もう1週間しかないじゃないか…。
「うん…だから、早く言おうって思ってた…。けど、どうしても…言い出せなくて…」
「星乃さん…」
「…ごめんなさい…」
謝りながらすすり泣く彼女に、僕は何もしてあげることができなかった。
好きな人は小学校の同級生、という過去。
好きな人が転校する、という現実。
どちらも僕にはすぐには受け入れがたいものだった。


…でも、こうやって悲しんでも、星乃さんは決して喜ばない。
僕は泣いている彼女を、そっと抱き寄せた。
「あ…相原君…」
僕は星乃さんのことが好きだ!!心の中でそう叫んだ。
「星乃さん…転校するまで、できるだけ一緒にいたい」
「……うん」
「僕は…星乃さんのことが好きだ」
「……」
星乃さんは何も言わず、僕の肩に寄りかかり、目を瞑った。
「ありがとう…嬉しい…」
頬に流れる結晶を彼女は手の甲で拭き取ると、瞑った目を少しだけ開き、僕を見つめた。
「私も…相原君のことが…好き…」
「星乃さん…」
やっと聞けた。僕の心に積もり積もったモヤモヤが方々に散らばり、消えてなくなった。
抱え込んでいた疑問が、すべて吹っ飛んだ。
「星乃さん、キス…してもいい?」
感情が高ぶるのを抑えることもなく、僕は星乃さんにキスを求めた。
「…ええ」
彼女は再び目を瞑った。
涙の筋が残る彼女の顔が愛おしい。僕は彼女の肩を抱き、そっと唇を重ねた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -14-

(どうして星乃さん…泣いてたんだろう…)
二日続けてずぶ濡れになった制服を乾かす事も忘れ、僕はベッドの上でため息をついた。
星乃さんの行動が一つに繋がらない。
僕の失言をかばったこと。
手を握って欲しいって言ったこと。
貸してくれた本のこと。
そして、疑問をかき消すような彼女とのキス。
どこをどう繋げばいいのかさっぱりわからない。
モヤモヤした感情がなくならないまま、星乃さんと二人で会う日を迎えた。


電車を降りて改札を出ると、すでに星乃さんは待っていた。
「星乃さん」
「あ、相原君」
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところだから」
紺で合わせたノースリーブとプリーツのスカート。
制服姿しか見ていない僕にはとても新鮮だった。ノースリーブを着てるのは意外だったけれど。
ふと目を落とすと、右手には口を紐で結ばれた小さな手提げ袋を持っている。
「何持ってるの?」
「これはお昼のお楽しみなの」
クスッと微笑む彼女は嬉しそうだ。きっと何か秘密がある。
お昼が楽しみになってきた。


向かった先は緑が生い茂る大きな公園だった。
家族連れらしいグループがあちこちでバーベキューをしている。
僕たちは大きな芝生のある広場にシートを引いて、腰を下ろした。
星乃さんはシートに座ると持っていた手提げ袋の口を開けて、何かを取り出した。
「これ、私が作ったの」
ハンドタオルほどの大きさの弁当箱が2つ、僕の前に並べられる。
「袋の中身って、弁当箱だったんだ」
「ええ。相原君の口に合うかわからないけど、よかったら食べてみて」
お言葉に甘えて、玉子焼きを一口口に入れてみた。
そばでは星乃さんが不安そうな面持ちで僕を見ている。
「星乃さん、おいしいっ!」
「本当に?」
「本当においしい」
「よかった…」
僕の率直な意見を聞くと、彼女は安堵の表情を浮かべた。


「秋になるとここは涼しいから、休みの日はよくここに来て読書してるの」
「星乃さんらしいね」
「子どもたちが遊んでるボールが足下に転がってきて、読書どころじゃない時もあるけど」
「あはは、そうなんだ」
二人で彼女の作った弁当を食べながら、笑顔で会話を交わす。
僕は心からの笑顔ではないけれど…。
「ちょっとついてきてほしいところがあるんだけど」
食事を終えてからしばらくして、彼女は僕を公園の展望台に誘った。
行ってみるとそこのは見晴らしがよくて、輝日南の街まで見えそうなほどだ。
「ここは丘の上公園みたいで好きなの」
「丘の上公園って…輝日南の?」
「ええ。私、小2までは輝日南に住んでたから」
「じゃあ、一緒に遊んだことがあるかも知れないね」
「そうだと嬉しいな」
ということは…星乃さんはひょっとしたら僕が知っている子かも知れない。
「小学生の時の写真ってある?」
顔を見れば、わかるかも知れない。僕はそう思った。
「たぶんあると思うけど…」
「じゃあ、星乃さんの家に行ったら見てみたいな」
「え、ええ…」
少し自信なさげに答える彼女が気になったけれど、昔の星乃さんの写真が見られるのが僕は嬉しかった。
展望台からの景色を一通り味わうと、僕らは星乃さんの家へ向かった。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -13-

ホームルームが終わると、僕は星乃さんを呼び出した。
「星乃さん」
「何?相原君」
いつも通り、彼女は笑顔で接してくる。
「これからって時間ある?」
「今日は図書委員の仕事が休みだから、大丈夫」
「よかった。ちょっと星乃さんに話があって」
「え?」
「どうかした?」
「ううん、私も相原君に話さないといけないことがあるから」
僕に話さないといけないこと…?いったい何だろう。
「そうなんだ」
「だから、2人っきりになれるところに行きたい」
「2人っきりか…じゃあ、校舎裏に行かない?」
「ええ」
2人っきりでないと話せないこと。もしかしたら…もしかするかも知れない。
僕は窓から校舎裏に誰もいないことを確認し、星乃さんを連れて階段を下りた。


「それで、星乃さんの話って?」
「私の話は後でいいの。相原君から話して」
「わかった」
僕は一度浅い口呼吸をして、星乃さんに訊いた。
「僕は、星乃さんの気持ちを確かめたい」
「えっ?」
いきなりの問いかけに戸惑っている様子の星乃さん。
「星乃さんは僕のことをどう思っているのか、どうしても知りたい」
「それは…」
星乃さんが一瞬口をつぐんだ。
「あ…ごめん。じゃあ僕から先に言うよ。僕は星乃さんのことが」
「待って!」
彼女は大声で僕の言葉を遮った。
その表情からは困惑の色が滲み出ている。
「それ以上…言わないで…」
僕の口を塞ぐように両手を突き出す星乃さん。
「どうして?」
「それは…言えない…」
星乃さんの苦しそうな表情を見て、ギューッと胸が締め付けられる思いがした。
僕は息苦しかった。
「相原君…私、このままでいたいの」
「このままって…友達ってこと?」
「うん」
「それじゃあ、僕のことなんか何とも」
「そうじゃないの!でも…」
彼女は今にも泣き出しそうな声で、再び僕の言葉を遮った。
「でも?」
「…ごめんなさい…」
「星乃さん…」


眉を下げ口を小さく開ける星乃さんの表情が、彼女の今の気持ちを物語っていた。
何かを言いたいけど言えない…そんな彼女の困惑した思いが、顔に表れていた気がした。
「星乃さん、ごめん。僕が急ぎすぎたんだ」
「ううん、相原君は悪くない!悪いのは私…」
「どうして?星乃さんは悪くないよ」
「ううん、私が悪いの」
「…」
「…」
何も疑問が解けないまま、時間だけが過ぎてゆく。空には僕の心を象徴するように夕立ち雲が覆っていた。


ポツッ……ポツッ……


ザーッ…


「…相原君、キスして…」
「え…」
僕は躊躇った。星乃さんからキスを求められるなんて。
「言葉では言えないけど、気持ちなら伝えられるから…」
「星乃さん…」
僕は星乃さんが好きだ。でも、彼女は僕のことが好きとわかったわけじゃない。なのに、キス…
煮え切らない想いが星乃さんの求めを拒もうとする。
「本当に、いいの?」
「…うん」
彼女は目を瞑った。
…恋人ではない星乃さんとのキス。僕はこのままキスをしていいのかわからず、怖かった。
でも、星乃さんは本気なんだ…。怖じ気づく自分の気持ちを無理矢理奮い立たせ、濡れている彼女の肩を抱いた。
そして、ゆっくりと唇を近づけた。
僕の唇が星乃さんの薄い唇に到達した瞬間、初めて感じる柔らかな感触が唇から全身に電流のごとく流れた。
「ん…」
彼女の鼻腔からかすかに吐息が洩れ、それが僕の頬に当たる。
(星乃さん…好きだ…)
気持ちが彼女に届いて欲しい。ただそれだけを念じて、僕は彼女を抱いた。
一刹那の後、静かに唇を離すと、彼女の目からは大粒の涙が雨と一緒に流れ落ちていた。
「星乃…さん…」
かける言葉が見つからず、僕は彼女の肩を抱いたまま立ち尽くした。
「どうして泣くの…かな?」
「なんでも…ないの…」
「でも…」
「本当に何でもないの。胸がいっぱいになっただけ…」
「……」
「……」
雨が降っていることも忘れ、僕と星乃さんは互いの体を密着させ、無言の会話を交わす。


「相原君、週末…何か予定入ってる?」
「特に入ってないけど?」
「じゃあ…2人でどこかに行かない?」
「えっ?それは…本気?」
星乃さんから誘われた。その現実を、イマイチ受け入れられない自分がいた。
キスはした。でも、恋人同士というわけじゃないし…。迷いは消えてはいなかった。
「うん。ダメ…かな?」
「いや、とんでもない!喜んで行くよ」
僕は星乃さんのことが好きだ。その気持ちがOKの返事をさせた。
「よかった…」
「でも、どこへ?」
「…私の家。家の近くにはいろいろあるし、帰り際に私の家に寄ってくれればいいから」
「え…本当に…いいの?」
「ええ」
少しだけ星乃さんの頬が緩み、彼女に笑顔が戻った。
「じゃあ…日曜の11時に私の使ってる駅で待ち合わせでいい?」
「うん、わかった」


「それじゃ…私、行くわね」
「あ、星乃さんの話は?」
「…それは、日曜日に話すわ。そうさせて」
「…わかった」
「じゃあ、風邪…引かないようにね」
「星乃さんもね」
「うん…」
軽く頷きながら、星乃さんは小走りで校舎へと消えていった。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -12-

右手に残る星乃さんの手の感触。
束の間の恋人気分を味わえたのに、なぜか釈然としない。まだ見ぬ星乃さんの想い人に、僕は嫉妬していた。
買い出しが遅れて栗生さんに怒られたことも、他の準備委員の女子がずぶ濡れの僕を笑っていたことも、どうでもよかった。
(星乃さんには好きな人がいる…)
夕焼け空に架かる虹をぼんやり眺めながら、この先どうすればいいのか頭を悩ませた。
家に帰ると、シャワーも食事もほどほどにベッドに横たわり、いつの間にか眠りに落ちていた。


翌日。久しぶりに早起きをした僕は、家族の奇異な目をかわすように学校へと向かった。
「相原君、おはよう」
「あ、おはよう」
学校の手前の信号で、星乃さんとばったり出会った。
「今日は早いのね」
「まあね。星乃さんは?」
「今日はちょっと先生に用事があって…」
「そうなんだ」
横断歩道を渡りながら、二人で正門をくぐり、校舎に向かった。
「あ、そういえば相原君に渡したいものがあるの」
「え?何?」
2-Aの教室の前で、星乃さんは鞄から何かを取り出した。
「これなんだけど…」
差し出されたのは、1冊の本。
「よかったらこれ、読んでみて」
「うん。でもこれ…星乃さんのじゃ?」
「ううん、いいの。私は何度も読んだから」
「そうなんだ。さっそく読んでみるよ」
「ええ。また、感想聞かせてね」
「わかった。で、いつ返したらいい?」
「いつでもいいわ。ずーっと先でも構わない」
「そっか。じゃあ、読みたくなったら言ってよ。すぐ返すから」
「ええ。…あ、そろそろ先生のところに行くわね」
「うん」
そう言って星乃さんは職員室に向かった。


(『Heavenly Romance』…恋愛小説かな)
僕にとっては恋愛小説が物珍しいものだったから、パラパラとページをめくってみた。どうやら訳本らしい。
しばらく無意識にめくっていると、あるページで栞が挟まれたままになっている事に気づいた。
(星乃さん…栞を取り忘れたのかな?)
そう思いながらそのページを読んでみると、物語が佳境にさしかかるところだった。
周囲の反対を押し切って恋人となった2人がようやく2人きりになり、将来を約束するシーン。
このページから最後にかけて、何度もめくられた跡がつけられている。きっと星乃さんが一番好きなシーンなんだろう。
小説は、将来を約束した2人が見つめ合いながら、2人きりの世界に浸るようにキスをして終わっていた。
…最後のページには雫が乾いたような跡がいくつも残っていた。
(もしかして…涙?)
星乃さんはこの本を読んだ後に泣いていたんだろう。恐らく、好きな人のことを想って…。
(この本を僕に貸してくれた…なぜだ?)
突如として湧き上がった疑問。その疑問は前の日の星乃さんの言葉とリンクして、どんどんと増幅していく。
星乃さんには好きな人がいる。でも、僕に手を握って欲しいと言ったり、この本を貸してくれたり…。
―――星乃さんに気持ちを確かめたい。星乃さんの気持ちを知りたい。
僕は放課後、時間を取って彼女と話すことにした。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -11-

(はあ…はあ…)
目的地に着いた僕は、そんなに長い距離を走った訳でもないのに、全力で走ったせいか息を切らしていた。
横を向くと、星乃さんも呼吸が乱れていた。
「ふう、びっくりした…」
「ほんとね…」
「一気に降ってくるとは思ってなかったから、制服がびしょ濡れだよ」
「私も…これじゃあ電車に乗れないわ」
うなだれる星乃さんに目を遣ると、濡れた制服が体に貼り付いて白の下着が透けて見えている。確かにこれだと人前には…。
(でも、ちょっとラッキー)
(…って、星乃さんの目の前で何を考えてるんだ僕は!)
湧いてくる邪心を抑えるように、僕はわざと星乃さんを視界から外して深呼吸をし、気持ちを落ち着かせることにした。
その邪心と平常心の隙間を狙ったように、星乃さんは僕に声をかけてきた。
「あ、相原君…」
「えっ?」要らぬ事を考えていたことがバレたと思い、思わず背筋が伸びた。
「手…ずっと握ってる」
(えっ?)
ただの勘違いだった。
「あ、ご…ごめん」
僕は無意識のうちに星乃さんの手を握っていた。たぶん雨が降り出した時、咄嗟に彼女の手を取ったんだろう。
慌てて彼女の左手から自分の手を離し、謝った。
「全然気づかなかった」
「ううん、いいの」
こんなふうに言いながらも、星乃さんは恥じらう素振りを見せた。やっぱり恥ずかしかったんだ。
「でも、相原君が手を取ってくれて嬉しかった」
「え?」
「私、男の人と手をつないだ事ないから、新鮮な感じがして」
「そっか」
「よかったら…また、手をつないでくれない…かな?」
「ここで?」
「…うん」
「わかった」
僕はさっき離した右手を彼女の左手に近づけ、握った。
自分の手を通して星乃さんの体温を感じる。恥ずかしいというか何というか、言葉にできない不思議な感覚だった。
僕たちは手を繋いだまま、雨が上がるまで雨宿りをすることにした。
「そういえば、こんなに本気で走ったのって久しぶり」
「そう?」
「私、運動とか走るのって得意じゃないから」
「そうなんだ。僕は毎日のように走ってるなぁ」
「どうして?」
「いつも遅刻しそうだから、走らないと間に合わないんだ」
「クスッ、そうなんだ」
笑いながら雨で濡れた髪をなびかせる星乃さん。それが風呂上がりの女性のようで妙に色っぽい。
一度抑え込んだ邪心がまた湧いて出てきそうで、僕はまた視界から彼女を外した。


そして、時々二人で一緒に空を見上げてみる。
「雨…やまないわね」
「そうだね」
「…」
「…」
待っても待ってもやまない雨。雨宿りを始めて、もう30分くらい経つだろうか。
待ち続ける二人の空間に、沈黙の時間が流れる。
でもこの沈黙は、今までのそれとは全く異質なものだった。
同じ空間に、二人っきりで、手を握って、雨宿りして…まるで恋人同士のような、甘くて恥ずかしいシチュエーション。
「こうやってるのって、まるで恋人同士みたいだね」
僕は静かに口を開いた。
「あ…うん」
星乃さんは少し俯きながら、僕の言葉に頷く。
「星乃さんは、好きな人とかいる?」
話の流れで、僕は星乃さんに訊いてみた。
「…うん。1年の時から」
「そっか…」
(そうだよな。別にいてもおかしくないよな…)
相手は誰かわからない。誰かなんて訊けない。でも、好きな人がいると聞いてショックだった。
「相原君は?」
「僕も、1年の時から好きな人がいるんだ」
「そうなんだ…」
僕の答えを聞くと、なぜか星乃さんの表情が曇った。その表情はとても哀しげで、さっきの僕の落ち込みようとは比べものにならないようだ。
星乃さんは少し時間をおいて、僕に問いかけてきた。
「…相原君、ひとつ訊いていい?」
「いいよ」
「ありがとう」
そう言うと、星乃さんは軽く口元を窄めてフーッと小さく深呼吸をし、僕を見つめた。
「…あなたは、どんな女の子が好み?」
彼女は哀しげな目をしている。今にも涙がこぼれそうだ。
「僕は、まじめで大人しい子が好き」
「え、それって…本当に?」
「うん。たとえば、星乃さんみたいな子が僕は好きなんだ」
「そうなの?嬉しい…」
曇っていた彼女の顔が一気に晴れて、満面の笑みがこぼれる。
本当は「たとえば」なんかじゃない。僕は星乃さんが好きだ。でも、彼女には好きな人がいる。複雑な想いが僕の身体中を駆けめぐった。
(でも、好きな人がいるならどうして手を握って欲しいなんて…)
「あ、雨…上がったみたい」
僕の悩みを切り裂くように、星乃さんの声が耳に入った。
「本当だ」
「雨宿りの間に、制服もだいぶ乾いてくれたみたい。これで電車に乗れるわ」
「よかったね」
「ええ」
「じゃあ、駅まで行こうか」
濡れたアスファルトの上を、二人で手を繋いだまま歩いた。
駅までの道のりで何を話したかは憶えていない。ずっと考え込んでいた気がする。
「じゃあ、また明日」
「ええ、さよなら」
駅の改札の前で星乃さんを見送り、僕は学園祭の買い出しへと向かった。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -10-

9月も半ばに入り、クラスでは学園祭の準備で少しずつ慌ただしくなってきた。
部活に入っていない僕はクラスでも少数派で、暇を持て余していたせいか準備委員に声をかけられることが多くなった。
「相原君、駅前の店であれとこれ、買ってきて」
栗生恵だ。クラスの風紀委員で、今年は学園祭の準備委員もやってるらしい。
「え?これから帰るつもりなんだけど」
「つべこべ言わない!学園祭はクラスの行事なのよ?」
「でも…」
「クラスの行事に参加しないつもり?それでもクラスの一員なの?」
「う…」
「わかったら行った行った。ちゃんと買ってきなさいよ」
帰ろうとする僕の言葉を遮って、栗生さんは僕に買い出しのメモとお金の入った袋を渡し、教室にそそくさと戻っていった。
(まったくもう…)
帰る気満々だった僕は強制的に学園祭の準備を手伝わされることになり、仕方なく鞄を教室に置いてロッカーに向かった。


「あれ?相原君」
「え?」
靴を履き替えていると、後ろから僕を呼ぶ声がした。振り向くと、そこに星乃さんが立っていた。
「あ、星乃さん。どうしたの?」
「今日は図書委員の仕事がもう終わりだから、帰ろうと思って。相原君は?」
「ちょっと学園祭の買い出しを頼まれてさ。これから駅前に行くところ」
「そうなんだ」
駅前なら電車通学の彼女と同じ道を行くことになる。
僕は思いきって誘ってみることにした。
「あ、よかったら一緒に駅前まで行かない?」
「え?」
「ダメかな?」
「う、ううん。嬉しい」
「やった!じゃあ、先に外に出てるから」
「うん、すぐ行くわね」


外は空を覆う黒雲で少しずつ暗さを増していった。今にも雨が降り出しそうだ。
「雨、降りそうね」
「そうだね」
黒に程近い灰色の空を見上げながら、二人で駅前に向かう。
「買い出しって何を頼まれたの?」
「これなんだけど」
僕は渡されたメモを星乃さんに見せた。
「結構多いわね」
「頼む方はいいけど、頼まれた方はかなわないよ。まったくもう」
「クスッ、そうね」
「でも、こうやって星乃さんと一緒に駅前に行けると思ってなかったから、かえってよかったかも」
「私も相原君と駅まで行くなんて思ってなかったから、嬉しい」
歩きながら星乃さんとの至福のひとときを過ごす。


ポツッ
ポツッ


雨音が聞こえると、程なくして雨は一気に勢いを増した。秋特有のスコールだ。
「星乃さん、傘持ってる?」
「今日は持ってきてないの」
「じゃあ、あそこのシャッターの前で雨宿りしよう!」
「ええ」
まだ駅までは距離がある。僕たちは駆け足で閉まっている店のシャッターを目指した。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -9-

(あぁ…馬鹿だ、馬鹿だ…)
星乃さんに口走ったあの一言が頭から離れず、後悔の念だけが洪水のように押し寄せてくる。
高校に入ってからまともに女子と話す機会がなかったにせよ、これだけ馬鹿なことをしたら普通は逃げられる。
明日からどうしよう…天国と地獄は紙一重。隣の席という至福ともいえる喜びがこれ以上ない苦痛に転じた。
自分が作り出した真っ暗な明日に不安になり、一晩じゅう頭を抱えながらベッドの上でもだえた。
翌日。考える気力を使い果たし、魂が抜け落ちたような感覚のまま学校に向かった。
星乃さんと顔を合わせるのが辛い。もし会ったら何て話しかけたらいいかわからない。でも隣の席だから、顔を合わせないわけにいかない…。
これから待ち受ける恐怖にビクビクしながら、僕は教室に入った。
星乃さんはすでに席に座り、1人窓の外を見ながら佇んでいる。僕は彼女に気づかれないよう、そっと席にたどり着き、座った。
そして鞄を机にかけた瞬間、僕は机に突っ伏して彼女の顔を見ないようにした。
星乃さんの顔を見るのが怖い。ただそれだけだった。


「あ、相原君…もう来てたんだ」
(えっ…?)
まさか彼女が話しかけてくるなんて。咄嗟に僕は顔を上げ、星乃さんの方へ目を向けた。
「あ、星乃さん…お、おはよう」
ドキドキして上手く舌が回っていない。
「き、昨日は…変なこと聞いてごめん」
「あ…ううん、別にいいの。相原君の困った顔、見たくないから」
「え、あ…そっか」
「だから、気にしないで」
「うん…わかった」
(…あれ?何かおかしいような…)
不思議な感情が全身を包んだ。てっきり嫌われたと思っていた僕は、星乃さんが普通に接してくることに違和感があった。ありすぎた。
あんなことを聞いたのになぜ…頭の中をクエスチョンマークがぐるぐる回り、寝起きの回っていない頭を刺激する。
(…これは…夢…!?)
きっと嫌われた、という思い込みが星乃さんの優しい言葉を無機質なものに変換している。
「気にしないで」と言われても、その言葉を今ひとつ信じ切れない自分がそこにいた。


放課後。僕は星乃さんのいる図書室に向かった。
どうしても理解できない「気にしないで」という一言。「困った顔、見たくないから」という言葉。
柊や友人の昼食の誘いを断ってまで考えても、一向に答えは見つからなかった。
答えを知るのは…星乃さんただひとり。わからないなら直接聞くしかない。これが僕の結論だった。
今日の星乃さんは図書カウンターで受付の仕事をやっている。
「星乃さん」
姿を見つけた僕は、彼女に声をかけた。
「あ、相原君。どうしたの?」
「う、うん。ちょっと星乃さんに聞きたいことがあって…」
「ひょっとして本のこと?」
「い、いや、そういうわけじゃなくって…いま時間があったら、ちょっと二人になれるところへ行かない?」
「え?い、いいけど…」
僕の誘いに怪訝そうな表情を浮かべる星乃さん。
「じゃあ、ちょっとついてきて欲しい」


僕は星乃さんを連れて、屋上に向かった。
「相原君、聞きたいことって…何?」
屋上に着くとまもなく、星乃さんから僕に訊いてきた。
「朝、星乃さんが言ってたことなんだけど、どうしてもわからない。なぜ星乃さんがあんなことを言ったのか」
「あ…あれはその…」
「その…?」
「ううん、何でもないの」
「何でもないって言われると、余計気になっちゃうよ」
「う、うん。でも…」
星乃さんは言葉を詰まらせた。その詰まらせ方があまりに不自然で、僕は気になって仕方がなかった。
しばらくの沈黙。お互いの目は時々目線を外しながら互いの方向を向いている。
僕はこの沈黙を破るべく、攻めの姿勢に入った。
「そして、もう一つわからないことがある」
「もう一つ?」
「星乃さんが普通に僕に接してきたこと。僕はてっきり嫌われたと思ってた。だからどうしても星乃さんの言葉や行動が理解できない」
「嫌うなんて…そんな」
ようやく星乃さんは重い口を開いた。
「私は相原君のこと、嫌いだなんて思ってない。キスの話はびっくりしたけど、男の人と仲良くなるのってこんな感じなのかな、って…」
「え?」
「私、男の人のことよく知らないから…」
「そ、そっか」
…意外な答えだった。僕は彼女に嫌われてはいなかった。正直なところ、ホッとしたという表現以外に言葉が見つからない。
「それじゃあ、これからも友達でいいってこと?」
「ええ」
「そっか…よかった」
僕の思い込みとは正反対の方向に事は進んでいく。
僕の「嫌われた」という思い込みはめでたく星乃さんの言葉でかき消されていった。


「そろそろ図書委員の仕事に戻るわね」
「あ、うん。呼び出したりしてごめんね」
「ううん、相原君と話せてよかったから」
「それじゃ」
「ええ」
星乃さんを図書室まで送り、僕は学校を後にした。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -8-

「相原君の表情、面白かったわ」
「面白かった、じゃないよ。正直恥ずかしくってしょうがないのに」
「ご、ごめんなさい…。でも思い出すとつい笑いが止まらなくて…」
放課後。星乃さんは掃除のために1人教室に残った僕を待ちながらあの授業のことを振り返り、思い出し笑いをしていた。
星乃さんとの会話のタネになってくれたものの、恥をかいたことに変わりはない。思い出すだけでこっ恥ずかしい。
…それにしても星乃さん、クスクス笑うのはいいけれど笑ってる時間が長すぎるような。
「星乃さん、ちょっと笑い過ぎじゃない?」
「だ、だめ…笑いが止まらな…ひっく」
「あ、しゃっくりだ」
どうやら笑いすぎて横隔膜がトンデモないことになったみたいだ。随分と声が上ずっている。
「そ、そう…みたい…ひっく」
「あははは」
「わ、笑っちゃ…ダメ…ひっく」
「あははは」
今度は僕が大笑いした。
「あ、相原君ってば…ひっく」
「僕を笑った罰だよ」
「そ、そんなぁ…ひっく」
ちょっとイジワルなことを言うと、星乃さんは眉を下げて困ったような表情を浮かべた。
星乃さんの困ったようなこの顔がカワイイ。


しばらくすると、星乃さんのしゃっくりは自然に収まった。
「もう…相原君ったらあんなに笑って」
「だってあんまり面白いから…」
「もうっ…意地悪…」
照れ笑いをしながら頬を赤らめる星乃さんがまたカワイイ。
「意地悪」なんて言われたけれど、僕はイヤなどころかむしろ嬉しかった。
「あ、そうだ」
思い出したように星乃さんが切り出した。
「そういえば、あのとき何を考えてたの?」
(そ、それは…)
それは言えるはずがない。星乃さんとキスできたら…なんて妄想してたこと、当の本人を目の前にして言えるわけない。そんなこと言ったら星乃さんになんて言われるか…。
でも体は素直に動いていた。僕の目がしっかりと星乃さんの唇にロックオンしている。
「あ…ひょっとして…」
僕の目線でどうやら彼女は勘づいたらしく、指を唇に当てて見せた。
「もしかして、ここ…見てた?」
「う、それは…」
図星だけれど、素直に「はい、そうです」と言えない。言ったらお先真っ暗だ…。
一瞬だけ2人の間にすきま風が差し込んだような気がした。
そしてしばらくの沈黙。すきま風が2人の間に入道雲のような重たい雲を持ってきてしまっていた。


時間が経つにつれてもくもくと湧き上がる雲。それを裂くように、僕は思い切って口を開けた。
「その…星乃さんって…キス…したことあるのかなって…」
「え、ええっ!?」
「あ…いや、その…」
言葉が続かない。なんてことを口走ったんだ僕は。あの星乃さんの目の前で、お前はなんてことを…
でももはやあとの祭り。星乃さんはもう僕に愛想が尽きたに違いない。
「…ない、けど…」
「へっ…?」
「キス…したこと…ない…」
予想外の返事に、僕は呆気にとられて反応できなかった。口はあんぐり。
まさかこんなことに答えてくれるとは全く予想していなかっただけに、頭は真っ白。
「そ、そうなんだ…こんなことに答えてくれてありがとう」
「い、いいの」
遠慮がちに目を伏せている。やっぱりもうダメだ…。
「じゃ、じゃあ…私、図書委員の仕事に行ってくる」
「う、うん」
「さよなら」
「またね」
僕はやってはいけない大失態を犯してしまった…。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

2人の廊下 -7-

星乃さんと隣の席になり、彼女と接する機会が以前より格段に増えた。
席替え前がぎこちない会話ばかりだったこともあって、嫌われたかも知れない…という一抹の不安はあった。
でもその不安は、何日も星乃さんと話していくことで消えて無くなっていた。
星乃さんと会話をするときは柊のアドバイスを最大限に活用して、彼女の好きなジャンル…本やテレビの話題を中心に会話を繋げていった。
すると、これまでの失敗が嘘のようにスムーズな会話ができるようになった。
休み時間に隣の席という「特権」を使って声をかけて世間話をしたり、教室移動の時に僕から誘って2人で一緒に教室を出て目的地まで話したり。
理科室に早く着いたときは、実験用の器具を一緒に準備したり。
宿題を忘れてあたふたしている僕に、「よかったら、これ…使って」とノートを見せてくれたり。
気分転換に教室の外に出ると、星乃さんが花壇の花の世話をしてたり、教室の雑巾を洗濯してたり…という発見もあった。
席替え前とは比べられないほど彼女のいろんな面を見ることができて、知ることができて、僕は嬉しかった。


「順調そうだな、相原」
「そうか?」
「君のその表情からはそれ以外感じられないからな」
「それは柊のおかげだよ」
「ははは、それは言い過ぎだと思うが」
僕自身もこんなにうまくいくとは思っていなかった。だから自然と頬が緩み、にやけたような表情になってしまう。
事情を知らない人間が僕の顔を見たらただの気色悪い奴にしか見えないだろうけど、そんなことはどうでもいい。
このまま星乃さんとの「いい関係」を続けていきたい。…いや、もっと踏み込んだ関係になりたい。
それに1年の時から気になっていた相手。だから、もし叶うのなら友達以上の関係になりたい。
(星乃さんって…)
柊との会話の切れ目で、僕はふと星乃さんの唇を見つめた。
(キス…したことあるのかな…?)
(男友達はいないって言ってたよな…じゃあひょっとしたら…)
(でも、男はこの学校の人間だけじゃないし…他の学校の男がいたりして…)
(いやっ!それはありえない!星乃さんがそんな子だなんて思えないっ!)
「どうした相原?思い詰めたような顔して」
「あ、いや…なんでもない」
柊の存在を忘れて、僕は一人考え込んでしまっていた。
「随分考え込んでたようだが」
「なんでもないよ」
「それにしては眉間の皺が寄りっぱなしだったじゃないか」
「だからなんでもないって」
柊の追及をかわし、僕は自分の座席に戻った。


(星乃さんとキス…か)
隣の席に星乃さん本人がいることも忘れ、僕は一人で授業中ずっと別の世界にいた。
星乃さんとキス…どんな感じなんだろう。
恥ずかしがり屋の性格だから、なかなか難しいだろうなぁ。
でも星乃さんとキスできたら、どんなに幸せだろうか…一人で勝手に妄想に突っ走っていた。
「はい。ここを相原、解いてみろ」
(星乃さんと…)
「相原。聞いてるか?」
(キスできたらなぁ…)
「相原!相原光一!」
妄想の世界に浸りきっていた僕は、先生の呼ぶ声も聞こえていなかった。
「あ、相原君…!」
聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。
「相原君、先生が呼んでるわよ」
その声でフッ、と現実に引き戻される。
「え、えっ!?」
「相原、何ボーッとしてるんだ」
「す、すみません…」
一人ポカーンとしている僕に向けられた失笑に教室じゅうが包まれる。
星乃さんもクスクスと笑っていた。
(恥ずかしいったらありゃしない…)
考えていた内容もさることながら、こんな変な形で笑われるのは恥ずかしかった。

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2人の廊下 -6-

柊にアドバイスをもらったことで、先行きが少しだけ明るくなった。
(星乃さんの好きなことか…)
相槌ばかりだったすれ違いの会話の中から、星乃さんと仲良くなるきっかけは見つけ出せていた。
彼女は図書委員になったり、会うと必ず話題の最初に出てくるくらい本が好きだということ。その他に、彼女がドラマが好きだということ。ドラマの主題歌やCMで流れる曲はチェックしているということ。
甘いものが好きで、時々コンビニで買って食べていたりすること。
…今までどうして会話がすれ違っていたんだろう。
これといって特別な話題じゃないのに会話を続けられなかった自分に無性に腹が立った。たとえ相手が星乃さんだったとして、彼女を目の前にして緊張していたとして、こんなに不甲斐ない男だったなんて…。
目の前に自分自身がいたら、きっと殴っている。それくらい、自分が情けなかった。
2度とあるかわからないチャンスを何度も何度も簡単に流していた。そう気づいたとき、僕の中で何かがはじけた。
(このままじゃいけない…!!)


あくる朝、気持ちを入れ替えた僕はいつもより早めに登校した。
「今日は早いんだな」という柊の皮肉にも聞こえる冗談をさらりと交わしていると、学級委員が教壇に立って黒板に何かを書き始めた。
…しばらくそれを見ていると、それが教室の座席表だとわかった。
僕は柊と目を合わせながら、席替えをするんだ、と確信した。
(しめたっ!)
早起きは三文の得…かどうかは別として、運がよければ星乃さんの近くの席になれる。
再スタートを切るには絶好の環境ができるかもしれない。
期待に胸を膨らませ、くじ袋が回ってくるのを待った。
(星乃さんの近くになれ…!)
そう念じながら、回ってきたくじ袋からくじを一つ取り、名前を書いて黒板の前にいる学級委員に渡した。
まとめられたくじを見ながら、学級委員が一人ずつ名前を書いていった。
黒板に書かれた座席表が一つ、また一つと埋まってゆく。
先に名前が書かれたのは星乃さんだった。星乃さんは窓際の列の前から3番目。
(移動なしか…うらやましいな)
そんなことを考えていると、立て続けに星乃さんの前後の席が埋められていった。
残るは隣の席。クラスの25人の中でまだ席が決まっていないのは10人。
1/10の確率。
「まだ呼ばれてないんだな」
柊だ。
「ああ」
「星乃さんの隣の席だといいんだけどなぁ…」
「まだ可能性が残ってるから、諦めない方がいいと思うが」
「でも1/10じゃあな」
会話をしながら、ふと目を黒板にやる。星乃さんの隣は…


「相原」


(やったーーーっ!!!)
思わず顔がほころんだ。
「どうやら決まったようだな」
「ああ」
これで星乃さんと仲良くなれる。もう一回スタートが切れる。僕は飛び上がりそうなほど嬉しかった。


全員の座席が決まり、みんながギーッと喧しく机を引きずる音を立てて座席移動を始めた。
机の中にしまっている教科書が重いはずなのに、星乃さんの隣の席になる嬉しさでその重さもどこかへ行ってしまっていた。
星乃さんの隣に着き、星乃さんに声をかける。
「おはよう、星乃さん」
「あ、相原君…おはよう」
星乃さんは僕の方を向いて、ニコッと微笑んでくれた。それだけで今日一日が満たされたような気分だった。

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2人の廊下 -5-

「そういえば、星乃さんが何で図書室に?」
「だって私、図書委員だから…」
「あ、そっか」
「フフッ」
----そんな会話を交わしながら、僕は夕方まで星乃さんと図書室で過ごした。
星乃さんと話したときのドキドキする感覚は、下校中も家に帰ってもしばらくは消えないでいた。
あの星乃さんと、話ができた。そして、友達にもなれた。
思わぬ形で舞い込んできた大チャンスを、みすみす逃すわけにはいかない。
ベッドの上で寝そべりながら、この先のことをいろいろと考えた。
どうすれば星乃さんともっと仲良くなれるのか。
どうすれば彼女との距離を縮められるのか。
ない知恵を振り絞って、考えに考えた。

(今までの消極的な性格を変えよう。そうして星乃さんともっと仲良くなろう)
出た結論は決していいものじゃない。でも、何かきっかけがあればいいと思った。
僕は自分を変えると決心した。


次の日から、僕は星乃さんに会う機会があれば少しでも会話をするようにした。
休み時間、教室移動、放課後…
最初は会話が続かなくて苦労した。僕と星乃さんとの接点…クラスが1年の時から一緒、ということだけ。話したのも保健室での会話が初めてだ。
星乃さん自身のことはまだあまり知らない。
「この前ネットで見つけたんだけど…」
と話題を振っても、
「そ、そうなんだ…」
と反応は鈍い。
僕はネットが好きだけど、彼女はあまりネットには興味がない様子。
逆に、
「この前こんな本見つけたの」
と星乃さんから話題を振ってくれても、僕はあまりいい反応ができない。
「へ~」と気の抜けたような相槌を打てるくらい。
星乃さんは本が好きだけれど、僕はあまり本を読まないし読むといってもマンガばかり。
致命的な僕の会話スキルのせいで、すれ違いばかりの会話が続く。気まずくなって、
「ごめん、用事があるから」
って嘘をついてつい逃げ出したこともあった。


「女の子と会話するのって難しい…」
「どうしたんだ、急にそんなこと言いだして」
柊との会話で、僕は悩みを打ち明けた。
「女の子と普通に話せるお前がうらやましいよ」
「俺はいたって普通に会話してるだけだが?」
「え…?」
「なぜそんな顔をするんだ。何か『女の子と話せるようになる秘訣』があるとでも思ったのか?」
鋭い。さすがは親友。
「どうやら図星のようだな」
「う…」
言葉に詰まる僕に「やれやれ…」と見かねたような表情を浮かべながら、柊は助け船を出してくれた。
「で、その話し相手というのは誰なんだ?」
僕は柊の質問に答えるように、星乃さんのいる方向に目を遣った。
「なるほど、彼女か」
相手が誰かを把握した柊は、僕の耳元に手を当て、耳打ちでアドバイスをくれた。
「……えっ!!」
「そんな大きな声を出すなよ、バレるじゃないか」
「ご、ごめん…」
柊が僕にくれたアドバイスはこうだ。
ただ相槌を打つだけだと会話が続かないのは男も女も変わらない。
会話で大事なのは、相手の好きなことに食いついてみること。
お互いの好きなことが一緒なら問題はないが、お互いの好きなことが違うのなら、相手の好きなことについてもっと深く聞いてみるといい。
星乃さんが好きなことを君が把握しているのなら、それについてもっと聞けばいい。
そうすれば、彼女は自然と心を開いてくれるだろう…と。
「100%うまくいくとは限らないが、頑張れよ、相原」
「ああ」

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2人の廊下 -4-

授業後のホームルームが終わると、僕は星乃さんと約束している図書室へと向かった。
(いったい何を手伝うんだろう…)
具体的に何を聞いたわけでもない。ただ「手伝ってほしい」と言われているだけ。
図書室でいったい何をするつもりなんだろう。別に僕じゃなくてもいいじゃないか。それに、なぜ星乃さんは図書室なんて場所を選んだんだ…?
(まさか…!いや、でも星乃さんに限ってそんなこと…)
図書室のある3階へと向かう僕の頭の中で想像と妄想が交錯しながら、いろんな疑問が湧いては消えてゆく。

階段を上りきり、図書室へと向かう廊下を歩く。参考書を持った受験生らしい数人の生徒が廊下で待っているのが見えた。まだ図書室は開いていないらしい。その待ち人の中に星乃さんは…見当たらない。
仕方なく図書室が開くまでの間、僕は時間つぶしのためにプールへと向かった。プールに行く目的はもちろん言えるはずがない。
でもプールのある体育館は図書室からも近く、時間をつぶすにはもってこいの場所だった。
…が、あいにく今日は誰も泳いでいない。
(ついてないなぁ…)
渋々プールを離れ、もう開いているであろう図書室へと戻ることにした。
階段を上っていくと、3階でなにやら話し声が聞こえる。
「お、おい、二見だ…」
「あいつ、理科準備室にしかいないと思ったら、図書室にも行くんだな…」
二見…といえば、この学校では一人しかいない。
二見瑛理子。隣のクラスの2-Bにいる天才。学年では当然のごとく成績トップを誇り、IQ190と言われるその余りの頭の良さに周りの同級生をはじめ教師からも敬遠され、いつも孤独だという。その二見瑛理子が図書室に…星乃さんに会えると浮き足立っていた僕の目の前の空気が、彼女の存在によって氷のように凝り固まった。
(うわ…)
一瞬で出来上がってしまった重苦しい空気の中、僕は二見瑛理子のよく伸びた黒髪を目の前に見ながら、図書室に入った。
冷房を効かせている図書室はいつも涼しい。暑い日はここでよく涼みながらうたた寝をしている。
(星乃さんは…?)
僕は今にも潰されそうなほどの重苦しい空気から逃れようと、星乃さんの姿を探すことにした。図書カウンター、閲覧机の周り、本棚の並び、書庫…。
(あ…)
星乃さんは、書庫の奥で作業をしていた。

「星乃さん」
「あ、相原君…ほんとに来てくれたんだ」
星乃さんは作業している手を止め、胸の前で両手を合わせながら笑顔で僕の方を向いた。
「うん、なんだか大事な頼み事なのかと思って」
「ええ、そうだったんだけど…。ほかの図書委員の子も来てくれたから、もう終わりそうなの…」
彼女は申し訳なさそうに俯いた。悲しげな表情が僕から少しだけ見える。
「別にいいよ。急ぐ用事があった訳じゃないし」
「うん…でもせっかく来てくれたのに、悪いことしちゃって…ごめんなさい」
「謝ることなんてないよ。それに、朝のお礼も言いたかったし」
「あ…」
星乃さんの俯き加減の顔が僕の真正面を向いた。その顔は赤い。そして恥ずかしいのか、目線は少し下向き。
「朝は本当にありがとう。楽しかった」
「うん、私も…」
視線を合わせるのが恥ずかしかったけど、星乃さんの目を見て言えたことが僕は嬉しかった。そして僕は、自然とこんな言葉を口にしていた。
「それでさ…もしよかったら、また話しかけてもいいかな?」
「え…?」
キョトンとする彼女。
「それって…お友達、ってこと?」
「そう」
「え…でも私、友達少ないし…男の子の友達なんていないし…」
やっぱりためらっている。女の子からならまだしも、男からこんなことを言われるのだから、ためらうのも無理はない。
ダメか、と諦めかけていた。ところが、次に彼女の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「でも、嬉しい」
「えっ?」今度は僕が驚いた。
「あなたがお友達になってくれるって言ってくれて、私、嬉しい」
そう話す彼女の表情には笑みがこぼれている。
「そ、そう」想定外の答えに、頭の中は混乱してしまった。何が何だかよくわかってない。
「じゃ、じゃあ、これから話しかけてもいいってこと?」僕は必死に言葉を絞り出す。
「ええ」彼女は深く頷いて、僕に微笑みかけてきた。
「やった!」僕は感情を抑えきれず、本音をついつい行動に出してしまった。
「…クスッ」星乃さんはそんな僕を見て笑っている。
「じゃあ、これからよろしくね」
「私こそよろしくね」

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2人の廊下 -3-

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、川田先生が担任を連れて降りてきた。
「ほんとにびっくりしたわ。教室の外でいきなり大きな音がするんだから…何か落ちてきたのかと思った」
「私の担当してる教室まで聞こえたからね。教室の生徒たちはみんな窓とかドアから音のした場所を見てたから、授業にならなかったのよ」
「私のクラスも…ですよ」
「ごめんね、彼にはしっかり言い聞かせとくから」
僕の横で先生同士が気持ちのよくない会話を交わす。病人のそばでそんな会話するな!と思ったけれど、言うと後がややこしいので喉の手前で無理矢理飲み込んだ。
2人はしばらく雑談した後、ようやく僕に声をかけた。
「相原君、少しは楽になった?」
「ええ、まぁ…」
「星乃さんと2人っきりだから、ずいぶん楽しい思いをしたんじゃない?」
川田先生は少し意地悪そうに目を細めて言った。それを聞いた担任はクスッと笑い、そばにいた星乃さんは顔を真っ赤にしている。
「せ、先生…!」
「星乃さん、冗談よ、冗談。ちょっときつかったかも知れないけど」
教師がこんな冗談を言っていいものか。ただ生徒をからかってるだけじゃないか。
僕がそんなことを考えていると知ってか知らずか、川田先生は僕に目を向けた。
「それはそうと…相原君。廊下で倒れるなんて、朝ご飯食べてないんじゃない?」
「いや、ちゃんと食べましたけど」
「にしては、ずいぶん早くに床とキスしてたじゃない」
「キスって…」
カーッと顔面が赤くなっていくのを感じた。キス未経験の人間にこの言葉は刺激的すぎる。まして気になっている星乃さんの前でそんなこと…。思わず星乃さんに目を遣ると、真っ赤な顔をすっかり下向きにしている。
「フフッ、こんな言葉に反応するなんて、相原君も素直なのね」
先生はクスクス笑っている。まったくこの人は…。大人の冗談にしてはちょっと度が過ぎる。
「まあ、今度はこういうことのないようにね。相原君」
最後に担任にお灸を据えられて、僕は星乃さんと一緒に保健室を出た。


「ねえ、相原君」
教室に帰る途中、星乃さんが話しかけてきた。
「何?」
「あのね…今日、よかったら…」
(よかったら…何だろう?)
「……」
しばしの無言。
「ううん、やっぱりいい」
何を期待したわけでもないけど、少し拍子抜けした。
「何?言いたいことがあるのなら、言ってみてよ」
「…う、ううん。何でもないの」恥ずかしそうに下を向く彼女。
「言わないと伝わらないよ?」
「う、うん、そうなんだけど…」
「僕にできることだったら言ってよ」
「う…うん、ありがとう」
どうやら心を決めたみたいだ。ひと呼吸置いて、星乃さんは頬を赤く染めたまま口を開けた。
「あのね、よかったら今日の放課後…図書室に来てほしいの」
「いいけど、どうして?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあって、それで…」
「うん、わかった」
「よかった…」星乃さんは胸に手を当て、ほっとしている。よほど誰かに頼みたかったことなのだろう。
「じゃあ、放課後に図書室で」
「うん」
教室に入り、僕らは自分の席に戻った。

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2人の廊下 -2-

気がつくと、僕は保健室のベッドの上にいた。
どうやら気を失っていたらしいが、そうなった前後の記憶はほとんどない。
穴の開いた天井と、2本のうちの片方だけがついた蛍光灯だけが目の前にある。
「相原君、目が覚めた?」
誰かが眉をひそめながら顔を僕の方へ近づける。
「あ、星乃…さん…」
「よかった…意識が戻ったみたい」
八の字に下がっていた眉がアーチ状に形を変え、表情を丸くした。
星乃さんのホッとした顔が間近にある。ケガの功名と言うべきか、こんなに近くで星乃さんの顔を見られるとは。もう1回失神しそうな勢いだ。
でも、なんで立たされてるはずの彼女がこんなところに…?
「あれ?どうして星乃さんがここにいるの?」
「それは…先生に頼まれたから」
「そっか…」
普段は保健の先生がいるのだけど、今日はまだ来てないらしい。それで、星乃さんが川田先生から僕のそばにいるように指示されたという。
「今日って、ずっと体の調子悪かったの?」
「いや、そういうわけでもなかったんだけど…」
「相原君、いきなりドーンって音立てて倒れたのよ。目の前で人が倒れるなんて思いもしなかったら、すごくびっくりしちゃった…」
星乃さんの話によると、僕が彼女と一緒に廊下に出てからすぐに顔色がおかしくなったらしい。異変に気づいた星乃さんが声をかけてみたけど反応がなくって、それからしばらくして前のめりに倒れたとか。
「で、急いで先生を呼んで、近くにあった担架を持ってきて保健室まで運んでもらったの」
「ははは…」
あまりにカッコ悪くって、苦笑いする以外できなかった。
「でもよかった。こうやって相原君と2人で話すことができるから」
「え…?」
「こうやって話すのって、初めてよね?」
「うん、そういえば」
「1年の時から同じクラスだったのに、全然話すことなかったものね」
そういえばそうだ。僕は星乃さんが気になってはいたけれど、もともと接点がなかった。
そして僕は消極的で、彼女は人見知りする性格。かち合うことなんてふつうならあり得ない話だ。
それがこんな形で会話することになるなんて。先のことはどうなるかわからない。
「…なんだか、不思議な感じね」
「そうだね」
「……」
「……」
2人の空間に沈黙の時間が流れる。
「…でも、意外だなぁ。星乃さんが宿題を忘れるなんて」
ふと宿題のことを思い出して、彼女に訊いてみた。
「え、ええ…ちょっと…。いつも寝る前に準備してるんだけれど、それを忘れちゃって」
「寝る前に準備なんて、僕はほとんどやらないのに」
「そうなの?」
「うん。朝起きて、急いで支度するのが日課だから」
「クスッ」
星乃さんの頬が少しだけ弛んだ。
「私って電車通学だから、1本電車を逃したら遅刻するの。私の乗る駅から輝日南に止まる電車はあんまり多くないし…」
「星乃さん、電車で通ってるんだ」
「ええ。30分かかるんだけど」
「じゃあ、僕みたいに朝起きてから準備してたら間に合わないね」
「フフッ、そうね」
それからしばらく、星乃さんの電車通学の話で盛り上がった。

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2人の廊下 -1-

2学期の授業の初日。
「はい、それじゃあさっそく宿題を回収するから後ろから前に回して」
現代国語担当の川田先生の号令がかかる。
(…あっ、しまった!)
現代国語の夏休みの宿題を家に忘れてきてしまった。僕がどういう状況かを察してか、先生が眉をしかめながら僕の方へ歩み寄ってくる。
「相原君、その顔はもしかして…」そのもしかしてだ。
川田先生は普段は優しいんだけど、宿題忘れにはめちゃくちゃ厳しいから忘れないでおこうって思って机の上に置いてたのに。
「ふう…まだ夏休みボケが抜けてないみたいね。というか、あなたのそのだらしなさは1学期から変わってないじゃない。夏休みでちょっとは進歩したかと思ったら…。仕方ない、今日は特別に1時間廊下に立ってもらおうかしら」
いつになく強い口調で先生は僕を叱りつけた。
(初日から何をやってんだ僕は…)
自分を責めながら席を離れて廊下に出ようとすると、
「あの…」
窓際からか細い声が聞こえた。


「すみません…私も、宿題忘れました」
「えっ?」
「えっ?」
教室の視線が一気に窓際に集中する。その声の主に川田先生が、クラスのみんなが、そして僕が驚いた。
「星乃さん、あなたが?」
先生は目を丸くしている。教室にいる2-Aの全員も、声の主の意外な発言に呆気にとられている。
声の主は星乃結美。僕とは1年から同じクラス。彼女は見た感じかわいいけど目立たなくって地味だから、今まで話しかけるチャンスはなかった。
話したことはない。でも、僕は目立たないけどかわいい星乃さんが密かに気になっていた。
星乃さんはマメな性格らしく、宿題を忘れた…なんてことは今まで一度も見たことがないし聞いたこともない。その彼女が宿題を忘れた。教室にいる誰もが耳を疑うのも無理はない。
我に返った先生が、
「珍しいこともあるのね…」
と一言呟き、
「ふう、仕方ない。星乃さんも廊下に立ってなさい」
とため息混じりに星乃さんに告げた。星乃さんは「すみません…」と一言言って席を立つ。
「はい、宿題忘れたのは2人だけ?なかったら回収終わって授業を始めるわよ」


誰もいない廊下に2人っきり。
僕は廊下の窓側、星乃さんは教室側に立っている。要するに対面状態だ。
あの星乃さんが目の前にいる。僕はあまりに緊張して目線を下げるしかなかった。内心はもちろん穏やかなはずがない。
「相原、君…?」
星乃さんが小声で僕に話しかけてきた。僕は顔を上げ、口を開けて話そうとしたけれど、あまりの緊張に口元は震えて舌は回らず。
(あ、あ…)
気持ちだけがはやって思うように口を動かせない。頭に血がどんどん上っていく。
「…だ、だいじょう、ぶ?」
星乃さんが心配そうな顔をしながら僕を見つめる。
(そ、そんなに見つめないでくれ…)
緊張とドキドキが交互にやってくる。脈がどんどん速くなって、頭はボーッとする…。



「…相原君?相原君!」
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